東日本大震災から今日で11年、米軍と自衛隊がSNSで振り返る「トモダチ作戦」

ウクライナ紛争を機に考えたい日米同盟の意義
ライター/SAKISIRU編集部
  • 3.11から11年。在日米軍がSNSや動画で「トモダチ作戦」の振り返り
  • 地震直後から作戦始動。原発事故対応に当たった兵士の心境は?
  • 陸上自衛隊のツイッターも「トモダチ作戦」での「絆」強調

東日本大震災の発生から今日で11年が経った。岩手県、宮城県、福島県といった被災地の住民に対して、今年2月にNHKが実施したアンケートによると「風化が進んでいる」と回答した住民は63%に上ることが明らかになった。

そんな中、少しでも風化を防止すべく、さまざまな発信を行っている自治体や企業、団体は少なくない。東日本大震災における救助・救援活動、復興支援活動、いわゆる「トモダチ作戦」を実行した在日米軍もその一つだ。在日米空軍横田基地の公式ツイッターアカウントは10日午前、次のようにツイートし、ある動画を紹介した。

東日本大震災から11年が経ちます。日米は1つとなり、人命救助、救援物資の提供、そして、両国の絆を深めました。横田基地所属の軍人が発災後から、復興支援に従事した記録です。

横田基地の公式アカウントが紹介した動画は、「トモダチ作戦」に従事した米軍兵士の証言をまとめたものだ。動画は、緊迫した声色の横田基地司令官からの無線連絡から始まる。

地震発生直後に「トモダチ作戦」始動

午後2時50分頃、広い地域で激しい揺れが発生した。地震の規模はマグニチュード8.9と観測された。

日本で大地震が発生したとの連絡を受けた女性兵士が、当時の状況を振り返る。

地震が発生した時、私たち第36空輸中隊は、「コープ・タイガー」の演習に参加するためにタイに遠征していた。ホテルに戻り、携帯電話をWi-Fiに繋げると、着信音がなり続けた。(私の)安否を確認するメールが山のように入っていた。テレビをつけると、津波と自身による壊滅的な被害の映像が目に飛び込んできた。すぐに空港に引き返す命令が下った。1時間以内にホテルに戻り、荷物をまとめ私たちは日本に戻った。そして、「トモダチ作戦」が始動した。

「トモダチ作戦」が実施されたのは3月12日からだが、作戦の実施が決められたのは地震発生直後だったということが分かるエピソードだ。

こうして、在日米軍は被災地での救援活動に従事していくわけだが、初めて被災地を訪れた際の衝撃を別の兵士は次のように語っている。

(仙台国際空港の)滑走路の半分ないし3分の1は、完全に海水や泥、融けた雪に覆われていた。空港の駐車場まで押し流されている航空機や、滑走路に乗用車が散乱していた。その光景はまるで、我が子がミニカーで遊んだ後の部屋のようだった。あらゆる物が津波で押しやられ、泥で覆われていた。

原発事故対応に「気持ちが高ぶっていた」

空母ロナルドレーガンの甲板で除染作業を行う乗員(米海軍撮影:Public Domain)

震災発生から3日後の3月14日、水素爆発した福島第一原発の原子炉建屋の上空で、海水を投下する自衛隊ヘリコプターを祈るような思いで見ていた人も多いのではないだろうか。在日米軍は、福島第一原発での事故への対応も自衛隊や消防庁とともに行っている。任務にあたった兵士は次のように当時を振り返る。

原子力発電所が壊滅的な損傷を受け、我々は、周辺住民への影響を心配した。まず、原子力発電所と近隣の町の放射能測定を始めた。建物は崩れ落ち、構造物がそこら中に散らばっていた。近くでは、消防車が原子炉を冷却するために懸命に放水作業を続けていた。基地に帰還すると、環境部が待っていて、我々の放射能測定検査をしてくれた。我々は、とてつもない大きな事象に立ち向かい、貢献していることに気持ちが高ぶっていた。

津波により、空港としての機能を失った仙台国際空港の復旧にも在日米軍の力は欠かせなかった。この任務にあたった兵士は「忘れることのできない貴重な体験だった」と振り返る。

我々は空港職員や地元のボランティアと連携し、復旧作業に従事した。水、ガソリン、軽油、フォークリフトなどの空輸支援も同時に行った。その他、滑走路から自動車やがれきを撤去するための重機も空輸した。そして、日々の成果によって、着々と使用できる滑走路の範囲が広がっていった。忘れることのできない貴重な体験だった。特に、日本人の不屈の精神と回復力の速さ、そして、我々が、どう支援できるかを知ることができた。アメリカ人として、家族のような日本人の復旧支援に貢献できたことを誇りに思っている

被災者と協力して瓦礫の撤去作業に従事する米海軍兵士(U.S. Navy photo by Mass Communication パブリック・ドメイン)

陸上自衛隊「引き続き連携します」

別の兵士は、震災時の日本人の姿に感銘を受けたと語っている。

被災した人々が、極限の状況下でも食料などを求める列を冷静に何時間も並んで待っている姿に感銘を受けた。世界が見習うべきだと思う。

「トモダチ作戦」が日米の絆をより強固なものにしたと感じた兵士もいた。

東日本大震災は、不幸な偶然の連続だったが、日米の絆がより強固になった。また、我々兵隊も、成長することができた。

複数の部下を率いる立場の上官の1人は、「この先も、日本で何かが起これば、アメリカは全力を尽くし続けるだろう。また、逆の立場になった時、日本が我々の力になってくれることを確信します」と語っている。

陸上自衛隊の公式ツイッターアカウントも、震災から11年を機に「トモダチ作戦」を振り返り、その意義を強調している。

日米の下士官は東日本大震災発生当時、自衛隊と米軍が共同で展開したトモダチ作戦 において、東北復興を願い共に活動しました。当時現場で共に活動した経験は、私達の絆となりました。あれから11年。あの日を忘れる事なく、培った絆・信頼関係をより強くするため、引き続き連携します。

ロシアウクライナへの一方的な軍事行動が行われている今、好むと好まざるとに関わらず、日本にとって在日米軍の存在は死活的とも言っても良いほど重要な存在となっている。東日本大震災から11年を契機に改めて、日米同盟のあり方やその重要性を考えてみたい。

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