「日本は防衛費を3倍に!」注目の米戦略家が断言する理由とは

【前編】トランプ政権の国防次官補代理が示す5つの論点
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授
  • 「日本は防衛費を3倍に」元米国防次官補代理コルビー氏が話題に
  • 奥山氏なりに読み解いたコルビー氏の考えと5つの論点
  • 前編では“アメリカが陥ったワナ”など3つの論点を紹介
エルブリッジ・コルビー氏(ツイッターより)

「日本は防衛費を増額すべきだ、しかも2%ではなく、3倍の3%も目指すべきだ」

実に刺激的な提案をする人物と、先日都内で意見交換をしてきた。

その人物とは、エルブリッジ・コルビー(42)氏である。コルビー氏はトランプ政権で国防次官補代理を務めていた時に2018年の「国防戦略」(NDS)をまとめ、それまでのアメリカの大戦略でテロ組織を最大の脅威としていたものを、「大国間競争」の時代に入ったとして方針転換させた張本人だ。

話題のコルビー氏と対談

彼は元官僚として、現在は「マラソン・イニシアチブ」という小さなシンクタンクを立ち上げてワシントン界隈でアクティブに活動している。

去年の2021年9月には自身の戦略論をまとめた『拒否の戦略』(The Strategy of Denial)を出版し、日米の国防関係者の間でも話題になっている(邦訳は日経新聞社が準備中)。

このコルビー氏から、知人のつてで突然「8月初頭に来日するから一緒に昼飯でも食べないか」と提案があり、急遽都内で意見交換をすることになった。

もちろん公式なインタビューではないので、彼と私の詳しい会話の内容はここで紹介するつもりはない。すでに日本のいくつかのメディアで見解を発表しているので、詳しくはそちらを見ていただきたい(参考①「朝日新聞デジタル」参考②「日経電子版」)。

しかしそれでは物足りないという方々のために、私がすでに読んでいた彼の本から読み取った、日本の今後の戦略を考える上でカギとなるものを以下の5点にしぼって紹介しておきたい。

昨年11月、自衛隊の観閲式に臨む岸田首相(官邸サイト)

①世界秩序の安定に必要なのは

「平和」といえば日本では一般的に「武力衝突のない安定して穏やかな理想的な状態」であると解釈されがちだ。しかし国際政治を研究する学問(国際関係論)の伝統的な学派のうちの一派で「リアリズム」(現実主義)という学派の学者たちは、「平和」とは国家間で力のバランスがとれている「次の戦争までの小康状態」のことだと解釈することが多い。

この考え方は「勢力均衡」(バランス・オブ・パワー)という概念として説明されることが多いのだが、この概念については学者たちの間でも考えが二派にわかれており、上述したような「平和は、国家間の力が均衡している時に実現する」というものの他に、「平和は、一国が圧倒的な力を持った不均衡な状態の時に実現する」という、いわば「勢力不均衡」の場合のほうが実現しやすいと説くものもある。

コルビー氏は後者の立場をとっており、自身をリアリズムの古き良き伝統を継承した考えに立ちながら、「アメリカは圧倒的な力を維持して世界秩序の安定に寄与しなければならない」とする立場をとっている。

(やや専門的な話になるが、コルビー氏のこの勢力不均衡の考え方はプリンストン大学の教授をつとめた故ロバート・ギルピンが提唱した「覇権安定論」を主に参考にしているようだ)

②アメリカの力には限界がある

ところがコルビー氏は「アメリカにはその圧倒的な立場を維持するだけの力がもう残されていない」との厳しい認識を持っている。

コルビー氏の厳しい現状認識の前提には、イギリス出身のポール・ケネディ氏が世界的ベストセラー『大国の興亡』(草思社)などで展開した、いわゆる「帝国の過剰拡大」(Imperial Overstrech)という概念がある。

つまり現在のアメリカは、権益と支配が過剰拡大するという覇権国が陥りやすいワナにハマっているという認識だ。

Serhej Calka /iStock

たしかに現在のアメリカは、世界各地に300を超える基地や拠点を持っており、それらは「三大戦略地域」と言われる西欧、中東、東アジアのそれぞれの地区を睨んだ形で置かれている。だが、ようやく撤退できたアフガニスタンやイラクだけでなく、リビアやイエメンなど、現在でも中東やアフリカなどで手広く軍事介入を行っている。

そうなると、いくら世界最大の軍隊を備える国家であっても、大戦略において優先順位の立て方を間違えてしまうとリソースをうまく活用できないことになる。それぞれの方面で手薄になってしまうからだ。

③アメリカは大戦略を間違えていた

それぞれの方面で手薄になる、ということは、つまり「気が散る」(distracted)という状況に陥りやすいのだが、コルビー氏はここ20年間のアメリカは実際にこのような状態にあったのだと断言する。

たとえば2001年9月の連続多発テロ事件をきっかけとして始まったアフガニスタンやイラクへの侵攻だが、コルビー氏にとって、これは大戦略の選択の大間違いとなる。

なぜならアルカイダのようなテロ組織というのは、アメリカにとっては覇権や国家の存続そのものを脅かすような存在ではなく、国家の威信をかけて戦略を考えるような相手ではないからだ。

アメリカにとっての脅威はあくまでも覇権を脅かす「大国」であり、中東で行っていた「テロとの戦い」(the Global War on Terror:GWOT)や「対テロ作戦」(Counter Insurgency:COIN)などは、まさに「気を散らす」存在以外の何者でもないことになる。

ちなみに私がイギリスに留学していた当時に戦略論の界隈でCOINに関する議論が盛んであったとコルビー氏に告げると「COIN!本当にくだらない!」と嘆いていたのは実に印象的であった。

ではアメリカは大戦略の焦点をどこに置けば良いのか。

後編に続く

 
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授

関連記事

編集部おすすめ

ランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

人気コメント記事ランキング

  • 週間
  • 月間

過去の記事