コロナ政局の内幕 #1 「五輪か、人命か」二者択一に追い込まれた政府の失策

産経新聞・乾論説委員長に聞く
ライター・編集者

コロナ禍での東京五輪開催の是非がすっかり政局化してしまった現在。だが、「本来、『五輪か人命か』という二者択一の問題ではなかったはずだ」と指摘するのは産経新聞論説委員長の乾正人氏。2020年5月にいち早く『官邸コロナ敗戦』(ビジネス社)を出版し、緊急事態宣言に追い込まれた日本政府の内幕を描いた乾氏に話を伺った。

5/28、緊急事態宣言延長の記者会見をする菅首相(官邸HP)

「コロナ対策が進めば五輪もできた」はずなのに

――菅政権のコロナ対応についてどのようにご覧になっていますか。

 取材日現在(2021年5月31日)では、ようやく軌道に乗った感があります。2021年1月に遅まきながらも河野太郎氏を新型コロナウイルスワクチン接種推進担当大臣(ワクチン相)に任命して厚労省から主導権を移し、「何が何でも、使えるものは何でも使ってワクチン接種を進め、コロナの収束を図る」とし、自衛隊まで投入して接種拡大を進めています。

――菅総理の掛け声通り、「1日100万接種」も実現が見えて来ました(※実際には6月8日時点で達成と菅総理が発表)。

 ただし、東京オリンピック・パラリンピックを7月下旬に開催するという意味においては、「too late」、「遅すぎた」ことは否定できない。ワクチン接種にしても、確かに「非常時」の体制に切り替わっていないために起きた厚労省の認可の遅れなどの問題はありますが、いずれワクチン接種を始めなければならないことは分かっていたはず。もし防衛省・自衛隊を使うにしても、少なくとも3月頃から動いていれば、予約システムの構築ももう少し余裕をもって準備できたでしょう。

五輪中止を叫んで倒閣につなげようというのは論外としても、そもそも認識しなければならないのは、「オリンピックか、人命か」という二者択一の問題ではない、という点です。

――今は野党も一部メディアも、政府に「人命が損なわれる可能性がある状況でもオリンピックをやる必要があるんですか」と迫っています。

乾正人(いぬい・まさと)産経新聞論説委員長。政治記者歴30年。 竹下登首相最後の日の番記者を皮切りに宇野、海部両首相の首相番記者を経て自民党渡辺派を担当。その後、首相官邸や自民党や社会党など政党を主に担当。 1996年9月から約1年間、防衛研究所で安全保障政策を学ぶ。2018年から現職。率直ながらユーモアのある語り口にファン多し。著書に『令和をダメにする18人の亡国政治家』(ビジネス社)など。

 オリンピックを安心して開催できる状況にある、ということは、同時にコロナ対策が進んでいることを意味します。つまり「五輪か人命か」ではなく、対策が進めば五輪はできるわけで、この二つは「コロナ収束」という同じ方向に進んだ先にあり、そもそもはどちらかを選択しなければならない問題ではないんです。

逆説的に言えば、菅総理が昨年9月に就任したときから、「五輪開催前までにコロナを絶対に収束させる」「オリンピックのために徹底してコロナ対策をやる」と考え、実行していれば、対策はすべて前倒しになっていたでしょう。明確なゴールに向かって、そこまでに収束させる。収束にはワクチンが最重要であることは分かっていたはずなのに、後手後手になってしまった。

どんどん後ろ倒しになってしまったがために、「ワクチンも他国に比べて接種率が低い」「ワクチン後進国だ」と言われ、それによってオリンピックもできるのかどうかと言われる状態に至ってしまった。そうなれば政局に利用されるのは当然です。

国民に届かない菅総理の「言葉」と「熱意」

――乾さんのご著書『官邸コロナ敗戦』では、安倍政権の「コロナ敗戦」の原因を、経済界や官邸内の親中派への慮りだとしていました。菅政権の場合は何が対策の遅れを招いたのでしょうか。

 一つは、政権移行の時期もあったでしょう。菅政権が発足した時期は、最初の緊急事態宣言(2020年4月7日~5月25日)が解除されてからしばらく経った、小康状態の時期でした。それが判断を鈍らせ、「来年のオリンピックの頃はまあ問題ないだろう」と楽観視してしまった印象があります。

――菅総理は安倍政権の官房長官として、様々な情報を得ていたはずですが。

 あまりにも長くやりすぎたために、いい情報しか入って来なくなっていた可能性もあります。「いずれ好転します」「これなら追加の宣言を出さなくても乗り切れるでしょう」「経済対策を優先しましょう」と。

2回目の緊急事態宣言(2021年1月8日~3月21日)を出すのが遅れたのも、3回目の宣言(2021年4月25日~6月20日までの予定)を出すに至り、延長せざるを得なくなったのも、同じところに問題の根がある。つまり、「何を優先課題とするか」「そのために何が必要か」が明確になっていなかった。2回目の緊急事態宣言の頃にようやくわかってきて、ワクチン担当相を置いて、権限を厚労省から奪ったわけですが、これがもう少し早ければ、「五輪か人命か、どっちを取るんだ」と迫られずに済む状況になっていたはずです。

――「五輪のために我慢しろ」ではなく、「コロナを抑え込めれば人命も救われ、その末に五輪も無事開催できる」という発想から出発すべきだった。

 そうです。総理に就任した2020年9月末の時点で、五輪開催というゴールに向けて対策を打つべきでした。しかし現時点でも、菅総理本人が、「なんとしても五輪をやるんだ。そのためにも、一刻も早くコロナを収束させる。ついては国民の皆さんのご協力を賜りたい」という強い意志をどうも示せていない。少なくとも国民には届いていません。

むしろ「菅さん本人にそこまでして五輪をやりたいという意志がないのでは?」「前任者である安倍さんの意向を忠実に継承しているだけなのかな」と国民に思われてしまっている。もっと熱のある言葉を発信しなければなりません。(#2に続く)

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