リアリストだから安倍晋三は復活できた 〜 萩生田光一氏インタビュー
【前編】歴代最長宰相「衝撃の死」から1年【編集部より】安倍晋三元首相が凶弾にたおれ、まもなく1年を迎える。この間、内政、外交で新たな動きがある度に「安倍不在」の影響を多分に感じる事態もあったが、歴代最長のリーダーの実像はどのようなものだったのか。
編集長の新田が読売新聞記者時代から20年近く交流のある側近の萩生田光一・自民党政務調査会長に率直な思いを聞いた。(収録は6月初旬に行いました)

安倍氏との縁を繋いだ「拉致問題」
【新田】早いもので安倍元首相の死去からまもなく1年が経とうとしています。
【萩生田】事件の時は、こんな歳(当時58歳)になっても、これほどまでに涙が出るものだと驚いたほど泣き通しでした。いまでも時々思い出すと、やっぱり泣けてきちゃいますよね。
【新田】安倍さんの腹心として知られる萩生田さんですが、お二人の出会いは萩生田さんが国会議員になる何年も前の地方議員時代。拉致問題がきっかけでしたよね。
【萩生田】私が八王子市議2期目の時、地元の中央大学の学生だった蓮池薫さんとその交際相手で当時大手化粧品会社の美容指導員だった奥土祐木子さん(2002年に帰国後、結婚して蓮池姓に)が北朝鮮に連れ去られたのではないかとの話があり、ご家族、支援者が市議会に来られて国を動かすために意見書を出してほしいとの要望を受けました。

私はそんな話があるのかと驚き、なんとか力になりたいと思い、意見書の可決まで漕ぎ着けました。しかし翌日から朝鮮総連の関係者から「撤回しろ」という抗議の電話が鳴りっぱなし。「あなたは連れ去りの現場にいたのか」といった具合で。事務所のファックスも紙切れになる程、たくさん送りつけられる状態でした。
【新田】すさまじいですね。今でこそ北朝鮮の拉致問題は誰もが知っている事件ですが、当時は産経新聞などをのぞき実質的にタブー扱いでほとんど報道がない時代でした。総連側からすればクレームを出して声を封じようとしたのでしょうね。
【萩生田】当時は自民党にも拉致対策本部ができる前のこと。困り果てて党本部の政務調査会に電話で相談をしたところ、折り返しで夜に電話をくださったのが安倍さんでした。「萩生田さんの言うことは間違ってないから撤回してはダメだ」と言われました。
今でも覚えているのは、私が「間違ってないと、どう説明したらいいんですか」とお聞きしたら、安倍さんは「言ってもしょうがないから、このままでいいよ」と。大雑把な助言なので困惑もしたのですが(苦笑)

【新田】よく言えば軸がブレないところが安倍さんらしさ。
【萩生田】その時、私は30代半ば、安倍さんは40代前半の衆院2期目の若手でした。サラリーマン家庭に育った市議の私からすれば、(元外相の)安倍晋太郎先生の息子さんとしか存じ上げず、雲の上の存在。どんな人かと思っていたのですが、昼食をご一緒してお話しいただいた際に、明確な国家観を感じました。
私自身は政治家になった当初は地方議員で終えるつもりでいたのですが、安倍さんとの出会いで変わりました。拉致問題のような難題は国政でなければ対処できません。その後、私自身は都議を経て国政に移りましたが、安倍さんがいたからこそ国会議員になろうと思ったのは間違いありません。
一次政権と何が変わった?
【新田】安倍さんは最初の政権は持病の悪化もあり、わずか1年で退陣となりました。そして5年の雌伏の時を経て再登板。第二次政権は盤石の長期運営となりました。一次政権はご自身がやりたかったことを前面に打ち出し、二次政権はそれまでイメージがなかった経済を前面に打ち出すなど国民のニーズを逆算していた印象があるのですが、萩生田さんの目から見て何が変わったと思いますか。
【萩生田】第一次政権は「理想先行」の政権運営でした。自分が総理になったら、やらなければならないと思っていたメニューを全部いっぺんに手を付けた感じがしました。もちろん防衛庁を省に格上げし、教育基本法改正するなど歴史的な実績は上げたのですが、ロケットスタートだった分、政策の優先順位がどこにあるかわかりづらかった面があるかもしれません。
【新田】雌伏の5年間の様子はいかがだったのですか。
【萩生田】体調のこともあって退陣したことも猛省されていましたが、ご自身の失敗がトリガーとなって3年後に民主党に政権交代したことについて十字架を背負った思いが強かったと思います。その時はもちろん自分が再登板するということではなくて、自民党がもう一度政権を取り戻すため、自分に何ができるのか。それこそ総理経験者のプライドを投げ打って色々なところへ飛び込んで行ったことが印象的です。
【新田】その時のことで特に思い出に残っていることは?

【萩生田】2009年の衆院選で私が落選した後、八王子の恩方地区の車座集会を開いた時、そこに安倍さんが来てくださいました。それまで安倍さんが八王子に来ると言ったら、街頭や大型の施設で大動員をかけて開催していたのですが、恩方では30世帯くらいの20人ほどの集会で、1時間以上皆さんとひざを交えたのです。
【新田】八王子をご存知ない読者に補足すると、恩方地区というのは八王子西部の山間部にあり、僕も記者時代、八王子に勤務していたからわかるのですが、市街地から車で40分以上かかります。かつては村だったところの小さな集会に元首相が行くというだけで驚きました。みなさん歓迎だったのでは。
【萩生田】いや中には罵倒に近い言葉で厳しく叱責される方もおられるのですよ。でも安倍さんはじっと向き合い、素直にお詫びをしながら、政権奪回への思いを訥々と話をされるのです。当時は私は落選中だったのでなおさら申し訳ない思いがいっぱいだったのですが、あの頃は視野を広げられている最中だったと思います。2年前の衆院選で勇退された山本幸三先生(元地方創生相)から「もっと経済を勉強した方がいい」と勧められたのも、まさにその時期でした。
「リアリスト」安倍晋三

【新田】それがアベノミクスのきっかけですね。当時は安倍さんに経済のイメージがほとんどなかったので驚きました。
【萩生田】安倍さんは、外交は元々確固たる考えをお持ちでしたが、「憲法改正をするにしても明日の生活がままならなければ、そんな心の余裕は出ない。まずは経済を安定させてそれから次に国の姿を」という順序立てをきっちりできました。第二次政権は、優先順位にメリハリをつけてやり直したところが大きな違いでした。
【新田】二次政権では働き方改革や女性活躍など「リベラル」的な姿勢もあったことが幅広い支持に繋がったようにも思います。再登板してから「安倍さん、変わったな」と感じたことはありましたか。
【萩生田】安倍さんは元々リアリストでしたよね。保守系の人たちが歓迎しない法案をまとめなきゃいけない時にも、最終的な国益を考えた時に国のプラスになると判断したら、多少自分が好きではないこともきちんとやる姿勢があったと思います。
その意味では外交もそうでしたね。日米関係が基軸ではあるけど、本当は話をしたくない人、会いたくない人にも戦略的に積極的に会ってこちらの要望を差し込んでいたりする。

【新田】『安倍晋三回顧録』にも各国首脳の人物評が出ておりましたが、習近平国家主席もだし、それこそトランプ大統領も付き合うのは確かに面倒な人(笑)でも幅を広げて多面的な外交ができたからこそ、「FOIP(自由で開かれたインド太平洋構想)戦略」が展開でき、後のQUAD(日米豪印戦略対話)創設への流れが作られたわけですね。
【萩生田】一次政権の時は安倍さんは戦後最年少の52歳での首相就任。戦後生まれとしても初の首相でした。中曽根(康弘)先生もご健在でしたし、「総理大臣たるものはこうあるべし」という自分の思いが強すぎて失敗した面がありました。でも2回目は、自分なりに「これはここまでやる必要はない」とか、メリハリがきっちりつけられていたように思います。
【新田】ところで機会があれば以前からお聞きしたいと思っていたのですが、政権復帰の少し前、当時創業期だった維新の橋下徹さん、松井一郎さんが安倍さんに「ウチに来てください」と誘ったことがありました。萩生田さんも当時の経緯はよくご存知とは思いますが、残った最大の決め手が何だったのか、萩生田さんなりの解釈は?
(後編に続く)
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