西村大臣問題:飲食店は政府に行政訴訟したら勝てるか?

法的根拠なき「要請」ホントの怖さ
ジャーナリスト
  • 感染対策に協力しない飲食店への圧力で政府内文書が話題に
  • 「法的根拠ない」要請。文書も出たことで国に勝訴できるか?
  • 裁量行政がはびこる支配原理。この国は法治国家なのか

飲食店への圧力騒動で山尾志桜里衆議院議員が入手し、自身のツイッターで公開した2つの政府内文書が話題になっている。いずれも内閣官房から入手したものだという。要請を守らない飲食店へ対する対策として、一つは金融機関に「情報を共有して、飲食店の監視をさせる」よう指示する文書。もう一つは、飲食店の卸に対し「要請に応じない飲食店に対して、取引停止を支持する」ことを指示する文書だ。西村大臣の発言は、うっかりした失言ではなく、文書で具体的に指示されていたというのだから、その強権ぶりに世の中は震撼した。

菅首相と西村大臣(官邸サイト:画像は昨年12月の経済財政諮問会議)

「法的根拠がない」のに許される?

行政が融資先や取引先との取引を禁止させる手荒い方針は、テロ組織や暴力団対策のような反社会組織への対策と似ている。経済活動が出来なくなるようにさせるために、“息の根”を止める手法だ。こうした施策は通常、テロ対策特別措置法のように法的根拠が伴っているものだ。

民間企業の自由な経済活動を禁ずるこうした究極的な私権制限には、当然ながら法的根拠が伴わなければなし得ないようにも思える。ところが、担当者らは驚くことにこれらの指示に「法的根拠がない」と答えているのだ。法律がないにもかかわらず、ここまで行政が越権行為が許されるものなのだろうか。

こうした文書を不当な指示の証拠があるわけで、ある意味、飲食店側が国を訴えれば勝てそうにも思える。

飲食チェーン「グローバルダイニング」は「コロナ禍、日本社会の理不尽と戦う」と、クラウドファンディングで訴訟費用を募り、東京都を提訴している。弁護団長を務める倉持麟太郎弁護士は、これら法的根拠を伴わない国の行為には、法的な問題が数々あると指摘する。

「取引停止を指示していますが、そもそも事業者には“契約自由の原則”があり、本来誰と契約しようが自由なのです。この“財産権の自由”に規制をかけることは問題です。

また“要請に応じない飲食店の情報を、金融機関と共有する”と指示していましたが、こうした店の情報は公開されているとはいえ、そもそもセンシティブ情報にあたります。特措法上、要請に協力しない店舗を公表出来ることにはなっていますが、センシティブな情報を公務員が、教えることは、守秘義務違反として国家公務員法34条1項で禁止されており、問題があります。企業のプライバシーに関わる情報を金融機関に渡すのは、問題があります。金融機関は飲食店に対して優越的地位にあるわけで、独占禁止法で禁止している“優越的地位の濫用”にもあたるといえます。また行政手続法32条2項では、要請に応じない人に「不利益な取り扱いをしてはいけない」とされていて、これにも違反しているといえます。」

この1年半耐え続けてきた飲食業界はもう限界(Fiers/iStock)

こうして民間は裏切られる

法的にみると問題だらけに思える行為があるならば、裁判では、飲食店には「業務妨害」として訴えれば勝てそうに思える。ところが、こうした行政の超法規的な越権行為を、民間が訴えることは、現実的には難しいのだという。

なぜなら、これが法的根拠のない“要請”であるからです。法的処分と違うので、取消訴訟ができないのです。本来なら飲食店側の訴える手段としては、正攻法で取消訴訟だとか、国家賠償が検討できるはずなのですが、そもそも要請ベースだから出来ない。“要請なのだから、実は断っても良かったのに”ということになるのです」

そもそも行政の要請に法的根拠が無いのだら、民間が訴えたとしても「暖簾に腕押し」なのだという。民間企業の権利が阻害されても、民間は訴える術がないというのだ。法の支配ならぬ同調圧力による支配だとも言える。こうしたいわゆる裁量行政に関して、法案を書いた経験もある現役官僚は「よくあること」と解説する。

「今回の件に限らず、昔からこうした行政指導の類に法的根拠などありません。過去に、旧通産省が石油業界にカルテルを指示して、業界がこれに従っていたことがありますが、これに法的根拠などありませんでした。ある時、公正取引委員会の方から業界に対してこのカルテルを訴えてきました。業界は通産省の指示に従っただけだと訴えたのですが、却下されました。そもそも旧通産省の指導は“要請”で法的根拠などなく、“要請なのだから、従わなくても良かったのではないか”という理屈で、業界側が罰せられたのです」(現役官僚)

そもそもお上からの指示に法的根拠がなく、そして訴えても、法的根拠がないから出来ない。業者と民間のこの構図は、この国ではかつてからの日常だったようだ。民間からすると恐ろしいのは、要請に従って問題が起こった際に、守ってもらえない点だ。“要請なのだから、実は従わなくても良かったのだ”という屁理屈で最後は裏切られるというのだから。

Mlenny/iStock

羊のような国民:法治国家なのか

公的に強い立場にいるものが常に優位という、恐ろしい支配原理が慣例のようにはびこっている。こうしたことがまかり通る点で、この国が法治国家だといえないようにも思える。

「法的根拠のない要請をもとに私権制限が行われている。このことは、これまでの1年間の不条理ともつながります。それでも、日本人は羊のように従うことで、当たり前のように、成り立っていますが、欧米なら法的根拠のないものには誰も従いません。従わないことも適法なのです。」(前出官僚)

日本に住んでいる私達は、この国が法治国家といえない原理で動く国であり、時に自らの権利が奪われる場合があるということを、頭の片隅に留めておかねばならないのだろうか。倉持氏はこう続けた。

「そもそもこの法律自体が、密室協議でつくったものです。国会での手続きを経ていない。国会が関与して、最低でも法律作るべきでしたが、国会議員も立法府としての役割を投げ出して、放棄しているのです。

日本は長くインフォーマルな形で、行政の裁量が跋扈してきました。そこに裁判所が歯止めをかけきれていない。いまこの国の司法・立法・行政の三権のリ・バランスを、真正面から見直すべき時期にたっているのではないでしょうか。フランスでは裁判所が48時間で法的な判断について結果がでる仕組みがありますが、日本では3年かかるでしょう」

戦前戦後と変わらず、法の支配ではなく空気がこの国を支配しているというのでは、この国にはあまりに希望がないといえるだろう。

 

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