経済安全保障とイノベーションは両立するか?岸田“統制経済”政権に危惧
新経連の興味深い問題提起- 経済安保は、岸田政権の看板政策の割に総選挙の論点になるか微妙な雲行き
- 新経連の提言「経済安全保障とイノベーションのバランス」は重要な問題提起
- 国が保護主義的に傾斜し、自由な経済活動を阻害する懸念。選挙でもっと議論を
「新しい資本主義」を掲げる岸田新政権の経済政策については、撤回はしたものの金融所得増税を企図し、自民党が総選挙の公約に上場企業の四半期開示見直しを盛り込んだことで、株主や金融資本市場を軽視し、経営者や投資家から「社会主義」志向だとの皮肉すらされ始めている。

あさって19日からの総選挙では、分配を重視した「新しい資本主義」政策が主な論点になるはずだが、担当大臣を初めて設置するなど、もう一つの看板である経済安全保障については、他党の公約で目立つ形では言及しておらず、マスコミも選挙の論点としては取り上げる向きが少ない。岸田体制となった政権与党の扇の要が自民党の甘利幹事長であり、氏の肝煎り政策が経済安保であり、米中冷戦の長期化に日本がどう向き合うかも非常に重要な課題のはずだが、こちらの関心が低調なのはどうしたことだろうか。
企業側の視点も議論されているか
そんな中、岸田政権への苦言を厭わない新経済連盟が先週、成長戦略の提案をする中で、「経済安全保障とイノベーションのバランス」と題し、いくつか興味深い問題提起をしていた。
まずは、デジタル基盤を過度に海外のデジタルプラットフォーム(DPF)に依存するリスク。外国に移転した重要技術情報やデータ等が、移転先の管理不十分や、現地政府が法的に執行してそれらのアクセスする事態だ。提言では具体例こそ挙げていないが、LINEが中国の子会社にデータの取り扱い作業を一部委託していたことが3月に発覚して問題が記憶に新しい。中国では国家情報法により自国民を諜報活動に協力させることが可能で、LINE側の認識の甘さが炎上の要因となった。
ここで目を向けたいのは、LINEの事例のように、経済安保は国の立場で議論されがちだが、提言では「企業側の視点に基づいた議論」も求めていることだ。海外製DPFに依存するリスクは、相手国の関与の話ばかりではない。いわゆるバックドアは極論かもしれないが、OSやクラウドなどのデジタル基盤から意図せぬ情報の流出もありうる。残念ながらデジタル敗戦した日本は、大半の企業が舶来のOSを使っており、日本企業が独自に「まさか」を見極めるのは困難なのも実情だ。
そうなると、外国製への依存を打破するには、和製基盤の創出・育成が待望される。もちろん、それは簡単なことではないし、時間も要することだが、加盟企業にネット系が多い新経連がその点で問題意識を抱き始めたのは頼もしい。提言では産業・競争政策による和製基盤奨励を視野に入れている。
一方で、企業視点で見た時の経済安保の問題でもう一つ悩ましいのが、一定のリスクがある場合でもデータの越境移転や、外国からの投資、外国人材の活用を全面的にシャットアウトすることが困難な現実があるケースだ。新経連を率いる三木谷浩史氏の楽天がモバイル事業への投資にあたり、日本郵政、米ウォルマート、そして中国のテンセントグループから合わせて2400億円もの資金調達をしたことから、新経連の懸念を「ポジショントーク」だと批判する向きはあるかもしれない。しかし低成長が続く日本国内だけで、大型調達をして新風を吹かせようとするチャレンジは容易ではない。一般論として、日本国内の利害関係で硬直した業界に風穴を開けようとする事業をする企業の味方をしてくれるのが、国外の企業や金融機関しかないケースはありうる。
空気で民間支配、保護主義傾斜の怖さ
経済安保の観点から規制を過剰にかけることで、ヒト・カネ・モノ(ITならデータ)の越境が難しくなれば、結果としてイノベーションが阻害される懸念が強い。また、外国政府やグローバル企業による介入リスクは、日本の一民間企業とでは情報の非対称は大きく、評価や危機管理が容易でない場合も多い。加えて「日本独特」のリスクもある。

提言をまとめた新経連の佐藤創一政策部長は「本当に危ないところは対処するにしても、何が本当のリスクがわからないうちに、企業に対して国が忖度を求めるようになるのは(本筋とは)違うのでは」と指摘する。各企業の経済安保対応を「空気」が支配するほど、法治が薄らぎ、人治が強まることで企業側に無用なコストや別のリスクを背負わせかねない。新経連の提言では、新たなルール作りや国との情報共有の充実化を訴えている。
この1か月半を振り返ると、自民党総裁選で規制改革派の河野太郎氏が敗れ、経済安保推進派の高市早苗氏が健闘。同じく経済安保を重視する岸田氏の政権が冒頭で述べたように統制経済志向に舵を切り始めた。
念のため、筆者個人は経済安保は推進すべき立場だが(だから特集ページも作った)、永田町のいまの機運を見ていると、自由な経済活動をもたらす「規制改革」と、国家主導でルール作りを進める「経済安保」が何か対立するように、奇妙な力学が働き始めている懸念も感じている。
企業が「経済安保」で恐れているのは、国が過度に保護主義的に傾斜し、自由な経済活動を阻害する流れになることだ。しかし、アメリカを見れば明らかだが、世界最大の軍事力を保有し、NSAやCIAに象徴されるインテリジェンス大国でありながら、GAFAを輩出してきたイノベーション大国でもある。総選挙に際し、野党や経済界、メディアはそうした観点で、岸田政権の経済安保政策をもっと問いかけてみてもいいのではないだろうか。
ちなみに、岸田政権誕生時に「総理が掲げる『新しい日本型資本主義』と軌を一にする」と言ってのけた経団連の成長戦略(リンク先PDFのP30)を見ても、企業活動やイノベーションの阻害リスクとのバランシングという視点はあまり感じられない。野党の総選挙向けの政策集も似たようなところだが、維新については関係者によると、阻害リスクは、先日の代表質問に盛り込むことを一時考えたようだ。
ただ、経済安保はBtoBの政策ニーズということもあり、経済安保が総選挙の主要争点として論じられるか、今のところは微妙に感じられる。自由な経済活動、規制改革との両立について「玄人筋」だけでもしっかり議論していただきたい。
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