沖縄に基地が集中する「本当の理由」とは?なぜ議論は隘路に陥るのか

【連載】米軍基地研究者と考える『ちょうどいい沖縄論』#1
ライター・編集者

【編集部より】ロシアのウクライナ侵攻、現実味を増す台湾危機…日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、米軍基地を抱え、石垣島に自衛隊基地が新設されるなど戦略的重要性が増す「沖縄」がクローズアップされています。

沖縄の基地問題といえば「左翼が反対運動を繰り広げ、保守は日米安保の重要性から現実論」といった感じで議論も噛み合わない状態が続いてきました。この連載では、米国の海外基地政策が専門の川名晋史さん(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授)へのインタビューを通じて、現在の硬直的な議論から一歩離れた視点で論じる「ちょうどいい沖縄論」を考えます。(3回シリーズの1回目)

川名 晋史(かわな・しんじ):東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。1979年生まれ。専門は米国の海外基地政策。著書に『基地の政治学:戦後米国の海外基地拡大政策の起源』(白桃書房、2012年〔佐伯喜一賞〕)、『共振する国際政治学と地域研究: 基地、紛争、秩序』(勁草書房、2019年)、『基地の消長1968-1973:日本本土の米軍基地「撤退」政策』(勁草書房、2020年〔猪木正道賞特別賞〕)、『基地問題の国際比較:「沖縄」の相対化』(編著、明石書店、2021年)、『世界の基地問題と沖縄』(編著、明石書店、2022年)、Exploring Base Politics(Shinji Kawana and Minori Takahashi eds., Routledge, 2021)などがある

今の沖縄より激しかった本土の「反基地運動」

――川名さんの新刊『基地はなぜ沖縄でなければいけないのか』(筑摩選書)を拝読しました。沖縄は「地政学的要所」だからこそ基地が集中するのだと思っていましたが、そうではないのですね。

【川名】新著では、主に1960年後半から70年代前半にかけて行われた在日米軍基地の大規模再編の経緯を扱っています。当時はむしろ沖縄より本土の米軍の基地の方が多く、戦後すぐから鬱積していた反米感情が高まり、本土でも現在の沖縄以上の「反米運動」「反基地運動」が展開されていました。そうした背景の下、本土の米軍基地が再編されることになります。

――1968年に公明党が行った意識調査で、全国の米軍施設周辺に住む住民のうち、実に87%が「米軍基地に反対」と回答していた事実には驚きました。今の沖縄より反対が強い。

【川名】反発を収めることは米軍だけでなく、日本政府にとっても大きな課題だったのです。時期を同じくしてアメリカ側も基地再編案を取りまとめつつあり、軍部からの激しい抵抗などもありながら、最終的には本土の基地は整理・縮小され、その一部が沖縄に移転していきました。要するに本土での米軍基地が減った分、沖縄に増えてしまい、さらにその割合もこの50年間変わらなかった。これが基地問題の「沖縄化」であり「固定化」です。

最近は西村博之氏の来訪で話題になった「辺野古」の反対運動(2018年9月、撮影:新田哲史)

――どうして沖縄でだけ、激しい反基地運動が続いているのだろう、と漠然と思っていました。戦時中に地上戦があったのは理由の一つだとしても、佐世保基地のある長崎にも、原爆は落とされている。保守側では「沖縄が左傾化しているからでは」「沖縄メディアが悪いのでは」という解説になりがちですが、歴史的経緯の中にきちんと理由があったのですね。

【川名】安全保障の位相角』(法律文化社)という本にも書いたのですが、基地反対運動には大きく分けて二つあります。一つは、生活圏に施設があることで受ける不利益に対して声を上げるもの。もう一つは、いわば「戦争反対」や「帝国的植民地主義に反対」というような、政治意識に基づくもの。本土の反基地運動は、実際に本土の米軍基地が減ったことで前者に当たる人たちが減少しました。

しかし沖縄では、基地があることによって生じる生活上の不利益が現在も生じていますから、前者の人たちも声を上げ続けており、ここには解決しなければならない問題を多く含んでいます。一方、後者に当たる人たちは、自分の生活圏から基地がなくなったからと言って、それでよしとはなりません。

「生活上の支障」を取り除くのが先

――保守派は「本土の運動家」が沖縄の基地問題にもコミットし続けていることを批判しますが、理由がないわけではなさそうです。そういう経緯や構造を理解しないままだから、話がすれ違っているのかもしれません。

【川名】後者はともかく、前者の「生活圏からの反対運動」に関しては、確かに生活上の不利益は解消した方がいいし、さまざまな方法があり得ます。現在、私が取り組んでいるのが、「基地問題を科学技術で解決する」という手法です。例えば米軍基地周辺の河川や地下水で検出されているPFOS(フッ素化合物)の問題。泡消火剤などに含まれている有害物質ですから、確かに問題です。

――検出を報じる新聞記事などでは、「米軍基地は法律の対象外なので、流出しても報告義務がない」と説明されているので、垂れ流しにされているような印象です。

【川名】実際には環境汚染問題の一環なので、アメリカ側も妥協しやすい領域なのです。基地の外には米軍の家族も住んで水を飲んでいますから、彼らとしても解決した方がいい。厚木も横須賀も、年末に立ち入り調査をしていますし、2015年には環境補足協定もできるなど前進があったのですが、メディアはあまり報じませんでした。

しかしこうした協定ができても万全ではないので、容易には立ち入れない米軍基地の内側ではなく、外側で対処できることを考える必要があります。そこで、私たちはPFOSを含む水が川や地下水に流れる前に、フィルターや浄水器のようなもので除去することができないか、研究しています。

あるいは騒音問題にしても、地面に吸音材のようなものを敷設することで、地面からの反射音をカットしてはどうか。騒音は完全には消えませんが、かなり軽減されます。私がいま所属しているのが東工大なので、なかなか文系的側面からは思いつかない、そうした技術的解決も模索しているところです。

――まずは生活上の問題を解決して、「実」を取ろうということですか。

【川名】はい。元沖縄県知事の大田昌秀さんが、「溺れる人を助けるのに、助ける方法を躊躇する必要はない」と言っていた言葉に勇気づけられて、まずは目の前の問題を解決しよう、と。

嘉手納基地。地元民の自動車道の頭上を飛び交う軍用機(PhotoAC)

基地問題は、左派・右派双方が解決すべき

――とてもいい案だと思うのですが。

【川名】ただ、こうした対策にはむしろ、左派の一部から批判が来るかもしれません。「目の前の分かりやすい問題を解消することで、基地が温存されてしまうじゃないか」と。

実際、リベラル系メディアの場合は記者さんが話を聞きに来てくれた際に、こういう話をしますが、まだ記事にはなりません。もっとも、保守系メディアの場合は、そもそも取材にも来てくれませんが(笑)。

――なんと(笑)。沖縄の議論は、左派からは「被害者である沖縄に寄り添い、基地に反対する以外の選択肢はない!」と突きつけられるようなイメージです。一方で、右派での取り上げ方は、それに反発する形で、「結果的に中国の接近や日本の防衛力低減を許すことになるので、反基地運動はけしからん」という文脈にほぼ限られています。

【川名】しかし、基地問題の解決は本来、左右両方にとって進めておくべき問題のはずですし、両方の視点から問題を縮小していくことも可能なはずなのです。というのも、まさに私が新著で扱った1960年代後半から70年代前半にアメリカがなぜ、本土の基地問題を整理・縮小しようとしたかと言えば、最大の理由は「このまま反基地運動を放置すれば、いよいよ基地機能が必要になった局面で、思うように使えないかもしれない」という危機感があったからです。それはアメリカ側だけでなく、日本もそうでした。

――確かに、沖縄基地は必要だからあるのに、有事の時に妨害行為などによって使えない事態になったら意味がないですね。

【川名】現在においても、安全保障を重視する右派としては対米関係をよくしておかなければと考えるわけですから、いざという時のために、基地問題はある程度解決しておかなければならないと考えてもいいはずですよね。

実際、本土ではできたのです。にもかかわらず、政府が沖縄問題を事実上、放置しているのは少し解せないところがあります。「最終的に、沖縄は御せる」と思っているのか、どうか。

まさに「隘路」だがヒントはある

――現在の右派は、「有事のために反基地的な沖縄世論をぶっ叩いて黙らせておかねば」という方向しかなく、反発を煽って沖縄を中国の方へ追いやっている気さえします。こうしてそれぞれの事情を持ち寄ってみると、どちらにも問題があって、余計に話がややこしくなっていることが分かります。

【川名】まさに「隘路」です。が、打開のためのヒントがないわけではありません。日本にとってはアメリカだけが同盟国ですが、アメリカにとっては数ある同盟国、自国の基地を置いている国の一つに過ぎない。各国に対しては日本とは違った対応をしていますから、それに学ぶことはできるはずです。

――次回以降、そのヒントをうかがいます。

第2回に続く

【おしらせ】川名晋史さんの近著『基地はなぜ沖縄でなければいけないのか』 (筑摩選書241)、発売中です。

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