土地所有権放棄の新法は「負動産」所有者を本当に救えるか?

国への寄付に待ち受けるハードル
住宅・不動産ライター/宅地建物取引士
  • 相続するも、売れない貸せない「負動産」問題。所有権放棄を認める新法の実効性は?
  • 新法は不要な土地を国庫に帰属させるが、相続人、国それぞれコスト等の課題含み
  • 相続人が国への寄付前提で管理ずさんの恐れ。人口減少の弊害に包括的対策を

(編集部より)高齢化時代、肉親の死去や介護施設入りなどで突然、空き家となった実家を抱え、資産価値もないために売り手もつかず、維持コストを抱えたまま呆然とする話が報道されています。打開策として国が4月に成立させた「新法」に期待も寄せられますが、不動産のプロである高幡和也さんからみると課題も残るようです。

Actogram/iStock

自分で利用する必要性も手段もなく、貸すことも出来ず売ることも出来ない不動産を相続した場合、相続人はその不動産から何の受益もなく、管理費、維持費、固定資産税をずっと払い続けなければならない。

何の受益もなく、ただ出費しか生まない不動産は、いつしか負の資産と言う意味を込めて「負動産」と呼ばれ揶揄されるようになった。

そんな負動産の所有権を放棄したくても、これまでは不動産所有権の放棄は実質上困難とされてきた。相続財産の放棄は可能だが、不動産の相続人だった者はその管理責任を免れないため、実質的には多大な費用負担を求められるためだ。

土地所有権放棄については、これまでもさまざまな論争が繰り広げられてきたが、今国会で、実質的に不動産の所有権放棄を可能にする法案「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律案」が本年4月21日に可決成立し、同月28日に公布された。

コロナ禍の中、すんなりと成立したこの法律だが、負動産の国庫帰属は私たちの生活に何をもたらし、社会にどう影響していくのだろうか?

そもそも救済策でない新法

今回成立した「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律案(以下 相続土地国庫帰属法)」は、そもそも所有者不明土地の発生を抑制する目的で創設されたものである。

相続によって不要な土地を取得した者は、その負担感が大きく、それが原因で相続不動産の管理不全化を招き、登記もなされず、最終的には所有者が不明となる場合が多くなる。それを予防するというのがこの新法の趣旨なのだ。

負の資産(マイナスを生む土地)を相続した人を救済する目的の法律ではない為、この新法が一般的に広く活用されるためにはかなり高いハードルがある。

まず、次のような土地は寄付対象から除外される。

  • 建物や通常の管理又は処分を阻害する工作物等がある土地
  • 土壌汚染や埋設物がある土地
  • 崖がある土地
  • 権利関係に争いがある土地
  • 担保権等が設定されている土地
  • 通路など他人によって使用される土地 など

出典:「法務省民事局」所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し

さらに上記に加え、境界が確定しない土地も対象外となっている。

負動産国庫帰属の問題点

相続した不要な土地を国庫に帰属させることの問題点は、寄付する側(相続人)と採納する側(国)のどちらの視点に立つかによって違ってくる。

まず寄付する側(相続人)にとっての問題点は、その費用負担が高額になりかねないということだ。

寄付を行う為に発生する費用は一般的なものとして、建物などの除去費用、測量費用のほか、新法で規定する寄付のための「審査手数料」や「国有地の標準的な管理費用10年分」なども支払わなければならない。

例えば、建物などの解体費用だが、木造住宅の場合で1坪当たり5万円前後位の工事費がかかるとすると、建坪が30坪であれば約150万円位はかかる計算になる。測量費用についても、土地の広さなどにもよるが数十万円はくだらないし、広大地になればさらに高額になる。

また、法務省の参考資料によると「国有地の標準的な管理費用10年分」の目安としては、市街地の場合で約80万円(200㎡)位かかるようだ。

相続によって、土地を望まず取得した所有者がこれらの費用を負担することに抵抗を感じないはずはない。寄付を望む場合でも実際にその費用を捻出できる人はどれ位いるだろうか。

Yusuke Ide/iStock

モラルハザードも…

採納する側(国)にとっての問題点は、財政面でのコストとモラルハザードをどう抑制するかという点だろう。

まず、国は受け取った土地の情報を地方自治体や民間へ公開し、寄付受けの募集や状況によっては公売なども行うかもしれない。

しかし、そもそも相続人にとって不要な不動産とは、経済的に換価できない不動産であるだけではなく、高額な費用負担をしてまで所有権を放棄したかった土地なので、その土地の社会的ニーズが希薄であることは間違いないだろう。

それらを踏まえれば、帰属された土地は長期に管理せざるを得ず、その様な国有地が増加すれば国の財政を圧迫することも明らかだ。

さらに、経済的に換価できない土地について、国への寄付が前提となってしまうと、管理コストの国への転嫁や土地の管理をおろそかにするという「土地所有者のモラルハザード」をどう抑えていくかの対策は常に必要となるだろう。

包括的な取り組みが必須

人口減少が進む日本では、マイナスしか生まない負動産の相続問題は誰にでも起こり得る身近な問題だ。

不動産の賃貸・売買ともにマーケットが成り立たない(借り手がいない、買い手がいない)地域は、地方圏にいくらでもある。その地域では今もなお次々と負動産が生まれているのだ。

土地所有権の実質的な放棄が可能となる新法が成立した今こそ、人口減少に起因して発生する諸問題に対しては包括的な解決に向かう取り組みが必要だろう。

国は、所有者不明土地の発生を予防するために民法も改正し、相続登記の義務化を決めている。せっかく民法を改正してまで所有者不明土地の発生を防止するのに、費用負担の問題で相続土地国庫帰属法がその趣旨どおりに機能しないのは実にもったいない。

その一方、この制度が国の財政を圧迫しないためには、国庫に帰属した土地の出口戦略とモラルハザード対策強化が欠かせない。

成立したばかりの法律ではあるが、今後、寄付要件の緩和や費用の軽減を含めた思い切った改正や、出口戦略を含めた柔軟な運用指針を示せなければ、せっかくの画期的な法律が有名無実の「お飾りの制度」になりかねない。

日本中に管理不全の空家、空地、山林、農地などをこれ以上増やさないためにも、この新法が十分に機能することを期待したい。

 
住宅・不動産ライター/宅地建物取引士

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