自民党秘史:「橋本首相」誕生への布石となった出版戦略
田村重信『政策現場発:型破りサラリーマン道』第3回- 自民党が初めて野党に転落した1990年代を振り返る。マスコミ報道も縮小
- 橋本龍太郎氏の本を出版。10万部を超える売れ行き、予想を上回る反響
- 出版は、自分の考え方を伝えるだけでなく、政策について考えを深める時間に
(編集部より)政治評論家・田村重信氏の連載 第3回は、自民党が初めて野党に転落した時代の思い出から。いまと違い、インターネットもなく、マスコミの取材も先細りして情報発信もままならない時代のはずでした。そんな中、のちに首相へと階段をかけあがっていく橋本龍太郎氏の存在感をどう押し上げていったのでしょうか。
1993年、自民党は総選挙後に野党に転落しました。「非自民」というスローガンのもと細川連立政権が誕生したのです。野党・自民党政調会長に橋本龍太郎が就任します。自民党職員だった私は、政調会長室長として橋本氏の活動を側でサポートしていました。
野党時代は、マスコミの自民党に対する報道も、与党時代と比べて著しく少なくなりました。国会議員の離党者も相次ぐ状況で、厳しいものがありました。
そんななか、橋本氏は与党時代と変わらずに政策のための活動を前向きに積極展開していました。総理官邸の細川総理のもとに、何度も自民党で作った政策提言を自ら持って出向き「自民党の政策でもいいと思うものがあれば、国民のために是非とも実行してほしい。私は決して特許使用料をよこせなどと言わないから」と、熱心に説明していました。
野党・自民党としては新たな議員立法や政策立案の作成を議員に働きかけました。そうした試みはその後、多くの議員立法を誕生させるきっかけをつくりました。一例としては、住宅対策のため規制緩和を実現しました。容積率の見直しをして、居住用住宅の地下室を容積率に入れられるようにしたのです。
出版から橋本人気を作る
私が橋本龍太郎氏の出版のプロデュースをしかけたのは、その頃のことです。橋本龍太郎氏は、『VISION OF JAPAN』(1993年)『政権奪回論』(1994年)と2冊、自民党が野党に下っていた時代に本を出版したのです。私は自民党政調会長室長として、この2冊をまとめました。
1冊目の『VISION OF JAPAN ~我が胸中に政策ありて』(KKベストセラーズ)は、「新世界秩序の中の日本」「長寿社会への長期的視点と政策」「環境保全先進国としての国際貢献」という三部構成で、橋本政調会長がこれまでに講演したものを、ベースに加筆したものです。日本の今後のあり方として「国際社会の中で、我が国は『自分の足で立つ国家』として責任を持った行動を取らなくてはならない」と主張しました。
メインタイトルには英語の名前をつけたのは、「あとで英語版を作りたい」と思っていたからです。なぜなら小沢調査会での経験があったからです。私は事務担当として参加しました。小沢調査会とは、「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」で、小沢一郎が中心となってまとめた「安全保障に関する提言」です。安全保障・防衛問題を語ること自体がタブーとされていた時代でしたから、当時かなり話題となった報告書でした。この末尾に英訳をつけたことが、その後小沢一郎氏の国際的知名度を確立させた経緯があったのです。
なぜ橋本龍太郎の『VISION OF JAPAN』を出版したのか?
それは、自民党時代ならば政策提言を発表すれば、新聞は一面で報じてくれたものでしたが、当時は野党。新聞での扱いも自ずと小さかったのです。扱いの小ささを記者に愚痴ると「うちは記事にしましたけど、他紙では記事にすらしていませんよ」といわれる次第でした。野党になるとマスコミの取り上げも小さくなる。それで自民党をアピールするためにも「橋本・本」の出版を考えたわけです。
本は発売直後に全国の書店で販売されると、予想を上回る反響がありました。あっという間に10万部が売れたのです。世の中では「次の総裁・総理候補」として、“橋本人気”が高まっていたのです。
英語版に仕込んだ機微
こうして、英語版を出版する機会がやってきます。直接のきっかけは、外務省の国連大使を務めた佐藤行雄氏の一言でした。政調会長室にやってきた佐藤氏が橋本氏に「政調会長の書いた『ビジョン・オブ・ジャパン』は素晴らしい。是非これを英訳にして出すべきです!」といったのです。すると橋本氏が「田村君、どうだろう」と聞いてきました。側にいた私は「わかりました、作ります」といって、さっそく英訳本に取り掛かることになりました。
こうして生まれた橋本氏の英訳本ですが、日本語版と比べてみると、実はわずかな違いがあります。日本語版には「アメリカが触れたがらない国だからこそ、イランへの協力を」という項目があったのですが、英語版では削除しました。英訳を最終チェックしてくれていた内海孚・前大蔵省財務官から「田村さん、イランの記述はカットしましょう」とのアドバイスがあったからです。
当時、野党とはいえ次の総裁総理とも目されていた橋本氏の本。アメリカ政府側もしっかりと読みます。アメリカ政治にはステレオタイプ的な側面があって、仮に数行程度の表現であったとしても、アメリカにとって関係の良くない国・イランに対して日本が配慮するような記述は、同盟国・アメリカを刺激することになりかねないのです。
この後、橋本は総理となったのですから、こうした表現に慎重さを重ねたことは正解だったと思います。機微にわたって指摘してくれる仲間がいた橋本の人脈の豊かさは、今思いだしても素晴らしいと感服するところです。
本を出すことの内面の効果
1990年代当時は、政治家の本出版ブームというものがありました。橋本氏だけでなく、小沢一郎、武村正義、渡辺美智雄など、数々の政治家が政策本を出版していたのです。麻生太郎、安倍晋三等も総裁総理になる前に本を出しました。最近でも、総裁を目指す石破茂、岸田文雄、下村博文なども政策本をだしています。
自らの信念を振り返リ、人々にそれを理解してもらう。そのためには、本を出して考えをまとめることが大切です。本を出してより広く理解してもらうことは、政治活動の根幹だともいえるからです。
橋本氏が野党時代、自らを顧みて2冊の本を作る作業は、考えを深め、信念を確かめる時間にもなったのです。その後、総理となった際にこの経験が生きたことはいうまでもないでしょう。
本を出すことは、自分の考え方を伝えるのに最も有効な手段です。このことは政治家にとっては、政治活動の基本だともいえます。選挙演説の場で短いメッセージを国民に伝える技術も大切ですが、著書をつくるために政策についてじっくり考え、まとめたことを国民に伝える。その過程は、とても重要だと考えます。ましてや総理を目指しているならば、世界へ向けメッセージを発信することは不可欠でしょう。英語での発信も重要になります。
そもそも、深い考えがなければ本を出すことすらままならない。国民にとっても、本を出しているかは、政治家の質を見極める試金石にもなるのです。その政治家に深い考えがあるかは国民にとっても重要なことで、本があるというのは、政治家が自信ある政策をもっているか判断する際の基準になるといえるでしょう
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