在りし日の自衛隊員の姿に重なる、東京オリンピック選手の勇姿
なぜ今大会はこれほど胸に迫るのか- 空自OBの筆者が、五輪選手たちの活躍に思わず感情移入する理由を語る
- 今大会は、選手たちにも非情な圧力。精神の支柱「国民の後押し」が揺らいだ
- かつて存在を否定された自衛隊員たちの姿…選手たちの勇姿が重なる
紆余曲折の末に行われた東京2020オリンピックは、ふたを開けてみると地の利も味方して8月3日15時現在で日本人選手のメダル獲得数は、金20、銀7、銅12、という歴代初の華々しい成果を上げている。
今回、さまざまな競技で日本人選手のうれし泣きや悲しみの涙を見るたびに、思わずもらい泣きする場面がこれまでにどれほどあったことか。先の東京オリンピック(昭和39年)時は、幼少だったからほとんど記憶にはないが、スポーツの大会でこれほど胸に迫る思いが度重なるのは初めての経験である。というのも、ここには本オリンピックのアスリートたちに思わず感情移入してしまう筆者の強い思いが込められているからなのである。
開催までの厳しい道のり
新型コロナが中国を起点に世界で流行し始めた当初(2020年1月ごろ)から、筆者は2020年東京オリンピックの開催国として日本は大変な困難に直面する可能性があると考え、「国家としてこの影響に備えるべきである」という主旨の記事をあるネットメディアに投稿(2020年2月1日付)した経緯がある。
しかし、その頃はまだ国内でも差し迫った危機感はなく(国内の感染者数20人:2020/2/1時点)、現在のような感染拡大状態に至るなどとはほとんどの人が予想していなかったように思えた。それから約1か月後の3月11日、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は、「過去の2週間で中国以外での感染者数は13倍に増え、感染が確認された国は3倍になった。今後、数日、数週間後には感染者数と死者数、そして感染が確認された国の数はさらに増えると予想する」と述べ、初めてこの新型コロナウイルスの流行がパンデミック(世界的大流行)に至っているとの認識を示した。
この頃から、国内外において「東京オリンピックは延期すべきではないか」という声が高まり、ついに3月24日、当時の安倍総理大臣とIOCのバッハ会長が電話会談を行い、「東京オリンピック・パラリンピックを1年程度延長し、遅くとも来年夏までに開催する」ということを決定した。
その後も、日本国内における新型コロナの感染は拡大を続け、年を超えた今年初めには、感染者数が24万人を突破し、死者数も3,500人を超えた。この頃から国内では東京オリンピックの開催を危ぶむ声が高まり、首都圏などに2回目の緊急事態宣言が発出された1月下旬には、報道各社の世論調査でも「予定通り開催」より「再延期または中止」が上回る状態となった。
「日の丸」背負う選手に非情な圧力
この国民の声に反応して、政治の世界でも野党を中心にオリンピック中止論が広まり、オリンピック開催直前の7月4日に行われた東京都議選では「開催」と「中止」が争点となったりもした。これら政治の動きに合わせて、東京都内を中心に市井では連日「五輪やめろ」というデモなどが繰り広げられ、水泳の池江璃花子選手らを始めとする日本代表選手たちのSNSにも「辞退してほしい」「反対に声をあげてほしい」などというメッセージが送られるようになった。
そもそも、オリンピックというのは、唯一国家を背負って戦うスポーツ大会である。金メダルに輝いた選手の国歌を表彰式で演奏するのは、まさにその所以である。
また、古代オリンピックでは開催期間中、各国は戦争を休止したという。これを受け継いで2019年12月の第74回国連総会においては、186カ国が共同提案国となった「オリンピック休戦」決議も採択された。オリンピックが「平和の祭典」と呼ばれるのはこれらに基づく。
つまり、参加国は戦争を一時休止してでも通常この開催中は国を挙げて代表選手を応援する。ある意味戦争の代理競技のような場面もあり得るというのがオリンピックだ。しかし、悲しいことに今回、わが国においては何よりも選手の精神の支柱となるべきこの「国民の後押し」が揺らいだ。開会式当日にも「大会を中止しろ。オリンピックやめろ」のシュプレヒコールが場外から聞こえた。協議が始まってからも、国会の質疑で「即時中止」を求めた議員や、「どんな状況になれば中止するのか」と質す政治家や著名人など相次いだ。
アスリートたちは、さぞかし複雑な心境に陥ったことであろう。メダルに輝いた選手たちが口にする「こんな状況の中でも応援してくださった皆様に心から感謝します」という言葉は胸に突き刺さる。このような精神面の揺らぎは、特に期待の大きかったベテラン選手たちには影響を及ぼしたのではないだろうか。
「人の命を懸けてまでオリンピックをする必要などない」と声高に叫ぶ人は、アスリートたちが人生の全てを賭けてこの戦いに臨んでいることをどこまで理解しているのだろう。そんなことを言うなら、首都圏に住む多くの労働者たちは(経済活動を絶やさないよう)それこそ命を懸けてまで職場に向かっているではないか。このような方々にこそ政府は真っ先にワクチン接種をさせるべきではなかったのか。これは、5月27日の拙稿「“ワクチン敗戦”と河野前統幕長の憂い:危機意識なき国家の体質が露呈」でも述べたとおりである。
自衛隊員に重なるアスリートの勇姿

今回のアスリートたちの気持ちは、特に長年自衛官として生きてきた我々には痛いほど分かる。海外向けには国軍(JAPAN Force)であっても、憲法で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明記しているわが国に軍隊は存在しない。これを根拠に国内においては常に存在を否定され続けるような時代があった。そして、今もその本質は変わっていない。
筆者が入隊した当時やそれ以前などは、自衛隊に対する風当たりは現在の比ではなかった。「事に臨んでは危険をかえりみず、身をもって責務の完遂に努め(自衛隊員:服務の宣誓)」と国家の危機には命を懸けることを誓っているにも関わらず、政府や国民の後押しは極めて希薄であった。
命を懸けて国家を危機から守るために訓練は欠かせないのだが、ことあるごとに継子扱いされて民間の行事や活動が優先され、訓練やその他の行動に支障をきたした。ゲート前では「自衛隊はいらない」と毎日のようにシュプレヒコールがかけられ、これ見よがしに平和を祈願して太鼓を叩きお経を唱える僧侶も現れた。自衛隊員が平和を願わないとでも思っているのだろうか。
自衛隊が関わる事故が発生した場合などは、事故原因の究明以前に自衛隊が一方的に悪いように報道され、国民もこれを信じた。筆者がお世話になった先輩は、自機が故障して不時着を余儀なくされたとき、最後の最後まで人家を避けて河川敷に機体を誘導し、ベールアウト(脱出)したものの時すでに遅く、パラシュートが開かないまま殉職された。しかし、当時の防衛庁長官は国民にお詫びするだけで殉職隊員へのねぎらいの言葉はなかった。
しかし、隊員たちはおしなべて日本という国が大好きだった。この国に住む人たちを何があっても守りたいと願い、日の丸を背負っていることに誇りを感じてもいた。だからこそ、いつか多くの国民が我々を頼りにしてくれる日が来ると信じて黙々と厳しい訓練に打ち込んだ。そして、わが国が不幸な大規模災害(阪神淡路大震災、東日本大震災等)という国家の危機に直面するにあたり、被害復旧という形ではあったが、漸く自衛隊員らの活動が評価されたのである。まさに、このような姿に本オリンピックの選手たちの勇姿が重なって筆者の胸に響く。
そして、何より件(くだん)の池江璃花子選手は、我々と同年代の航空自衛官の娘さんである。父上の鋼(はがね)のメンタルを受け継いでいらっしゃるのだろう。特にその勇姿がまぶしく、思わず目頭が熱くなってしまうのである。

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