大谷40号!日本人初の快挙、正しかった日本ハムの“輸出戦略”

早期渡米を翻意、日本経由の説得奏功?
2021年08月19日 13:00

大リーグ・エンジェルスの大谷翔平選手が18日(日本時間19日朝)のタイガース戦で、両リーグ最速となる今季40号本塁打を放った。シーズン40本塁打は日本人として初めての達成。この日は自ら先発し、8回1失点で8勝目を挙げ、投打「二刀流」の面目躍如で節目を飾った。

40号本塁打を放ち、悠々と打球を見送る大谷選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

大谷選手は7月8日に32本塁打を放ち、2004年にヤンキースで松井秀喜さんが放った31本塁打を抜いて歴代日本人メジャーリーガーの最多記録とし、前人未到の数字を積み重ね続けている。この日の一髪でホームランレースを争う2位の選手とは5本差。打点王争いでも2点差でトップに迫っており、「二刀流での打撃二冠」という、およそ150年を超える大リーグの歴史でも特筆すべき快挙達成が視野に入ってきた。

大谷選手は岩手・花巻東高から2012年ドラフト1位で入団。この時、大リーグ各球団もスカウトに名乗りを上げており、大谷選手は高校卒業後すぐの米球界入りに傾いていた。実現していれば、高校生のドラフト1位クラスの選手が渡米するのは初めてのことで、日本のプロ野球としては空洞化も懸念されたが、日本ハムが必死の交渉で大谷選手を翻意させた。

それ以後の活躍ぶりは周知の通りだが、この時、ネット上で話題になったのが、日本ハムが球団公式サイトで、大谷選手を説得する際に活用したプレゼンテーションの資料を公開し、その中身が非常に「説得的」だったことだ。

日本ハムの当時のプレゼン資料
日米の育成環境の違いの比較(日本ハムの当時のプレゼン資料)

現在はすでに公開を終了しているが、当時の資料を改めて紐解くと、日本と体格面などが比較的近い韓国で渡米した選手たちの個別のケースを分析。韓国のプロ野球を経ずに渡米した10選手(当時)のうち、メジャーに辿り着けたのは3人でいずれも活躍が十分できなかったり、活躍したのは野手だけだったこと、当時の日本人メジャー9選手が日本プロ野球を経て「即戦力」として入団し、30歳前後の渡米でも活躍していることなどを分析。

「早期渡米」が「トップレベル到達+長期活躍」にいまのところ結びついていない。

などと検証結果を結論づけた。球団が資料を公開したことも異例だったが、プレゼンテーションの論理構成や資料作りの参考例として一般のビジネスパーソンの大きな反響を呼んだ。海外でのビジネス経験のある人たちなどからは「直接メジャーに行く姿を見たい」という声もあったが、資料でも述べているように「NPB=選手を引き上げる仕組み」「MLB=選手を淘汰する仕組み」という育成環境の違いがあることは確かだ。

仮に大谷選手が直接渡米していた場合、今日の姿があったかどうか。投打二刀流でプロの世界に臨むことは日本ですらも当初論争を呼んでいただけに、議論が別れるところかもしれない。

いずれにせよ、今後も大谷選手が前人未到の見事な結果を残す上で、日本ハム球団の選手“輸出”に関する戦略の成否も含め、その歩みを振り返ることが、アスリートだけでなく、ビジネスパーソンにも何らかのヒントを与えるかもしれない。

 

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