迫る台湾有事、改憲派vs.護憲派「両すくみ」どう脱するか?
橋爪大三郎「ポスト国連時代」の安全保障論 #1【編集部より】ウクライナに侵攻したロシアを北方に対峙する我が国は、中国の台湾侵攻と尖閣侵攻、北朝鮮の弾道ミサイルの懸案にも直面しています。さらには強権主義のロシア、中国が国連安保理の常任理事国でいるために、ウクライナ侵攻以来、安保理は制裁どころか声明すら出せていません。
国連の機能不全を覆い隠せなくなった新時代。日本はどうすればいいのか。新著『核戦争、どうする日本?――「ポスト国連の時代」が始まった』(筑摩書房)で渾身の提言をした社会学者の橋爪大三郎さんに思いの丈を伺いました。(3回シリーズの第1回)

従来の憲法議論の壁を超えろ!
――『核戦争、どうする日本?』で、橋爪先生は「日本の軍事・安全保障、憲法」の課題に真正面から取り組んでいます。特に、憲法9条をめぐる議論は、「憲法9条は害悪だ」と頭から全否定するのみの従来の改憲派の論理では越えられなかった壁、限界を克服できるのでは、と感じました。
【橋爪】これまで9条を守って平和を実現しようと努力してきた人びと、軍国路線に進まないよう歯止めを掛けなければと考えてきた人びとがたくさんいます。そうした人びとの善意と良識に私は敬意を表します。しかし、現在の安全保障環境下で民主主義や自由を守るためには、憲法9条を変えなければなりません。
いっぽう改憲派はこれまで長く憲法改正を主張してきました。その主張にも欠けているピースがいろいろある。どちらの主張も限界があり、両すくみになってにっちもさっちもいかなくなっているのが現状です。これを何とかしなければならない。
この問題に長年、取り組んできたのが私の友人の加藤典洋さんです。加藤さんは日本の護憲派と改憲派、リベラル派と保守派のあり様を「人格分裂」になぞらえました。本来は1人の人格のふたつの側面なのにもかかわらず、その側面を認めることができず、多くの人びとが片方の側面にだけ支配された、人格の分裂状態に陥ってきました。日本が分裂を克服し、まともな国になるためには、護憲派であろうと改憲派であろうと、強い意思をもってこの分裂を乗り越えなければならない。
加藤さんは文芸評論家という立場から、専門の論文も多数読み込んで、戦後という時代や、9条の問題と格闘してきました。私も加藤さんの仕事を重要だと思って、社会科学の立場から、人格分裂に陥らないで日本の安全保障を論じられないかと考えたのです。そこでこの本では、戦前の日本の評価とか、対米従属でいいのかとかいう話はしなかった。核戦争の脅威が高まり、台湾有事が迫っている。「日本の安全保障をどうする」「自由・民主主義の危機にどう立ち向かう」という点だけに集中したんです。分裂して消耗することを避け、誰もが認めざるをえないことだけを論ずるようにしました。

議論のための共通の土台がない日本
――そうすると立場を超えて受け入れやすいはずですよね。
【橋爪】そのつもりで書きました。現実的な安全保障の話をすると「ハシヅメは思ったよりタカ派だな」とか、「政権を支持するのか」とか言われがちです。政権寄りの議論をするのも、政権に反対する議論ならいいと思うのも、どちらも「政治的」であることに変わりはない。言論はそれを乗り越えなければならない。政治でも言論でも、対立が成り立つための共通の土台がなければならない。日本では共通の土台がそもそもないから、ただ言いっぱなしという未熟な言論だけが横行する状況になってしまっているんです。
例えば「分断」が進んでいると言われるアメリカには、確かに日本と似たようなところはある。でも実際は、日本よりずっとマシかもしれないとも思います。先日もトランプ前大統領が「自分は間もなく逮捕される」とパームビーチで演説していました。その演説で「我が国の正義は無法状態になった」と言っていました。
つまり、法の支配を前提にして、「私が逮捕されるとすれば、それは法の支配が失われたということだ」と主張したのです。いっぽう当局側は「前大統領であれ誰であれ、法の前ではすべての人間は平等である。誰かが法の上に立つことはあってはならない」と主張している。どちらの側にも、「法の支配」に基づいて国家の統治が行なわれるべきだという共通認識はあるのです。
でも日本にはそれがないかもしれない。では何があるかと言えば、「私たちは日本人だもんね」という安心感だけです。それも突き詰めれば思想になるのかもしれませんが、現状はとても中途半端なものでしかなく、使いこなすことができません。これが安全保障にも影を落としている。例えば日米安保体制を「対米従属だ」と批判する人びとが言いたいのは、「アメリカなんかいなくても、日本は独立自存でやっていける。それで平和なはずなのに、アメリカに巻き込まれている。だから離れたい」です。
国際秩序が大きく変わる時代
――軍隊も持てないのに、どうやって独立自存できるのでしょうか……。
【橋爪】現実から乖離しているんです。 そもそも敗戦以降、日本は憲法9条で「自分の身は自分で守りません」と宣言しているわけです。そのうえ現在は、ロシアがウクライナに侵攻しても国連が機能せず、国際秩序がこれまでとかたちを変えつつある。事ここに至って、どうやって自分の国を守り、世界平和に貢献するのか。具体的なことを何も考えていないのは困る。
――現実と向き合わずに、「9条の理想を守り続けるべきだ」「話し合いで解決を」と言っているだけなんですね。
【橋爪】それならもう、近代人の態度とは言えません。自分が主権国家の構成員、国民国家の主権者であると自覚していれば、どうやって国を守るのかは自分が考えなければならないことだとわかるはずです。それを考えていないのでは、近代人だとは言えない。
「対米従属を許すな」隠された本音とは
――先生は新著で同盟について一章を割いています。そして日米安保体制を「現実的な選択」だと評価していますが、これすら「アメリカとの一体化を許すな」と批判されかねないのが現状です。
【橋爪】 「アメリカと距離を取りたい」というのは、単なる感情論にすぎない。その主張が隠しているのは「占領されて悔しい」「戦争に負けて残念だ」ということですよ。敗戦を受け入れられない。これは左派だけでなく、右派もそうかもしれませんが、戦争に負けたこと引き受け、負けるような戦争を始めてしまった愚かさをまるごと引き受けなければ、何も始まりません。
日本は戦争に負けて「前科一犯」になった。日本に軍を持たせるとろくなことがないから、アメリカは在日米軍基地を置いて、「日本を守ってやるから」と言いつつ、自国の影響力を日本の周辺地域で行使してきた。それはアメリカから見た場合、ソ連(ロシア)、中国、北朝鮮を抑えるための合理的な戦略です。アメリカの国益にとっても大事ですし、日本にとっても安全が保たれる唯一の現実的選択肢でした。

ところが「日米安保は合理的な選択である」と認めたくないのが、日米安保に反対する人びとの姿勢です。ほとんど反抗期の子どもと同じだ。親に「暗くなると危ないから早く帰って来なさい」と言われて、子どもが門限を破るのは、単に親の言う通りにしたくないからでしょう。反抗期の子どもがやることに合理的な理由はないんです。
日米安保という合理的な選択に反撥するのもこれと同じ。「私たちは日本人だもんね、ひとりで平和を実現できるもんね」と言って日米安保を批判する。日本はまだ反抗期の子どもなんですか? そうじゃないでしょう。
同盟は従属への道ではない
――反抗期のまま老年期に入ったような印象です。
【橋爪】 もうそろそろ理性もすり減っている。こんなにまずい国ってそうそうないですよ。
「防衛はまずは自分でやりましょう」というのが国際社会の原則です。でも世界には、核兵器を持つ国があり、軍事大国があるので、小国はいくら頑張っても一国での自主防衛は難しい。だから同盟を組むのですが、それによって小国が「国の自主性を同盟国に譲り渡している」わけではありません。実際、先日、フィンランドがNATOに加盟しましたが、これを「フィランドがアメリカをはじめとするNATO諸国という権力に屈した」と解釈する人はいないでしょう。
日米同盟は二国間同盟ですが、アメリカの凋落も見えてきている。国連は機能不全に陥っている。そこで本書では、アメリカと日本だけでなく、ヨーロッパの国々やオーストラリアなど、自由と民主主義を重んじる国々が合同で作る「西側軍」を提案しました。これは日本が軍国主義の危険な国になる道でも、対米従属の道でもありません。ポスト冷戦下のこれからの時代に、自由と民主主義を守るために取り得るひとつの方策の提案なのです。
(#2に続く)
■
今回の記事でご紹介した橋爪大三郎さんの新著『核戦争、どうする日本?――「ポスト国連の時代」が始まった』(筑摩書房)、好評発売中です。
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