都医師会に批判噴出:医療の大衆迎合化につながるイベルメクチンの過大評価
医療、行政、学術...もう傍観は許されない!- 都医師会会長のイベルメクチンのコロナ治療推奨に、エビデンス重視の医師らから批判
- 国内学術団体は、発信を傍観していいのか?イベルメクチンも医療統計的には効果がない
- 保険適応など税や保険料の予算化いいのか?医療と行政は情報発信で不安の払拭に努めよ
東京都医師会会長が腸や皮膚の寄生虫駆除薬であるイベルメクチンが新型コロナウイルスに対し効果ありと発言し、エビデンス重視の発信をしている医師らから批判を浴びています。
尾崎先生、絶対論文読んでないと思います。
記事に出てくるインドの研究もMethodsに目的が書かれていたり、論文の書き方を知らない人が書いてる。
だからCureusというインパクトファクターのついてない雑誌にしか載らない。
どう見ても世界の第1級の研究グループではない。https://t.co/DSSd5tNHfl
— 手を洗う救急医Taka(木下喬弘) (@mph_for_doctors) August 20, 2021
どうしてこんな風になってしまうのだろう。もちろん世界は新型コロナの特効薬を待ち望んでいる。それが日本人の見つけたものだったり日本で作られたものだったりしたら誇らしい。けれどただこの話に乗って目立ちたい専門外の人たちの道具みたいに使われる機会が多すぎるように思う。
— Riko Muranaka/村中璃子 (@rikomrnk) August 20, 2021
エビデンス乖離の発信を許す医師会
イベルメクチンに関しては既に製造元だけでなく、米国・欧州の主要保険機関およびWHOによって医療現場で推奨できるような効果が認められないため、研究目的の使用に限るよう勧告がでています。
たしかにイベルメクチンによって改善が見られたという現場の声はあり得るでしょう。しかし医療統計学の観点では、その患者はイベルメクチンを使用しなくとも自然治癒した可能性を考慮する必要があります。
学術的な研究では、条件を揃えた患者集団を2群に分け、一報にはイベルメクチン、もう一方には形状を似せた偽物の薬を投与し、その予後を比較するという手法が取られます。
国際的に最高水準と認められている医療情報機関コクランがこれに類する方法で実施された複数の論文を統合して検証した結果、3分の1が研究手法に問題あり。妥当性の高い研究のみをまとめると2群間の差がないものが多勢でした。
これらのエビデンスに基づく報告と乖離した発信を、東京都医師会は組織としてなぜ許してしまったのでしょうか。また、エビデンスを理解しているはずの国内学術団体は、この発信を傍観していて良いのでしょうか。
北里大学などにおける臨床研究に期待を寄せる気持ちを一人の医師としてもつのは構いません。しかし世界的には効果が認められないという意見が強い中で、未発表の国内研究への希望的観測を多くの一般市民や専門家に影響力のある立場で発信することが妥当だったのかは、問われることとなります。
(参考リンク)
- 新型コロナウイルス感染症 (COVID‐19) の予防および治療に対するイベルメクチン ― Cochrane Library
- コロナ治療目的のイベルメクチン使用に米CDCが警告、服用で重症例も ― CNN(2021年8月27日)
- 「今こそイベルメクチンを使え」東京都医師会の尾崎治夫会長が語ったその効能― 読売新聞オンライン (2021年8月19日)
- 新型コロナウイルス感染症流行下におけるイベルメクチンの使用に関する
- Merck & Co., Inc., Kenilworth, N.J., U.S.A.のステートメント ― MSD株式会社
検証可能なフェアな情報提供を
もちろんこれはイベルメクチンの使用を法的に制限すべきというものではありません。既に薬局やコンビニでは効果のほとんどない栄養剤や健康食品が多く販売されています。
これら様々な薬剤の効能に関しては、今や誰もが世界中の保険機関や学術団体の発信するエビデンスベースの情報にアクセスすることができます。その効果とリスク、時には警告を踏まえて自主的に使用することは、選択の自由の観点から認められていくべきだと考えています。
このとき重要なのは、一般の方々がなるべく妥当性の高い判断ができるように医療業界や行政からはフェアな情報提供をすることです。先に挙げたコクランの論文は信頼性を担保するために、その大部分を第三者が検証可能にするための情報開示にあてています。
イベルメクチンに関しても医療統計的にはほとんど効果がないことが分かっていますし、副作用やアレルギー反応および死亡の可能性に関しても明らかになっています。専門家集団の代表として発信するならば医療倫理や職業への信頼性への観点から、一般の方々がそれを受けてどう感じ行動するかもにも責任があります。
「効果が無くてもやって損ではない」は一見よさそうに見えますが、「実態なき安心感」につながりかねません。
その結果として重症化予防に明確な効果があるワクチン接種や基礎的な衛生習慣など、「本当に効果的なこと」を行う意欲を削いでしまうならば大きな危険を伴うと、公衆衛生の担い手であれば考えが及ばねばなりません。
医療と行政はともに立ち向かえ
またイベルメクチンを新型コロナ治療薬として保険適応にするとか、住民に配布するといった医療政策として採用するのはさらに問題があります。
もしも国民の税や保険料を予算として使うならば、その効果が研究によって「あったりなかったり」するようでは心もとありません。「論文間での結果のばらつきが大きい」ことを、論文間で非一貫性があるとか異質性が大きいなどと言い、その原因が説明不可能な場合は信頼性が低下します。
イベルメクチンはまさにこの状態。今後「効果が高い」と結論付けた新しい研究結果が1本加わったとしてもかえって異質性が大となる可能性が高く、1年近く検証されてきた位置づけが大きく覆るとは考えにくいです。
このようにエビデンスは誰かが決めたルールというものではなく、ただの統計データ。行き届いた研究デザインと適切なデータ処理に基づく「既知の事実」です。医療政策の根幹は医療統計・エビデンスベースであるのが望ましく、国民感情である風評または専門家の期待といったものは十分な配慮を前提としても運用上での枝葉の部分という位置づけが本来的です。
ところが日本ではHPVワクチンや原発処理水など国民感情で根幹たる政策が右往左往してきたのは周知の通り。医療関係業界団体と行政は情報発信で不安の払拭に努める、風評被害や代替医療・インフォデミック(情報汚染)に共に立ち向かうパートナーを目指して欲しいと考えています。
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