「経済安全保障で中国締め上げ」は無理 〜 日本はどう対応すべきか

【連載】鈴木一人教授「ほんとうの経済安全保障」を語ろう #3(最終回)
ライター・編集者

国際政治から外交・安全保障、テクノロジーや産業政策に至るまで幅広い概念を包括する「経済安全保障」。「エコノミック・ステイトクラフト(ES)」と呼ばれることもあるが、厳密には両者には違いがあるという。また「半導体産業復活!」「中国締め上げ!」といった一面的イメージの流布も問題視する。国際政治経済学、そして宇宙政策など科学技術政策論に詳しい東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授に「ほんとうの経済安全保障」を引き続き聞く。

afsezen / iStock
afsezen / iStock

最大の貿易相手国にどう立ち向かうのか

――米中対立が激化する国際社会で、日本は「経済安全保障」によって、中国を締め上げる、というイメージが持たれているように思います。

鈴木 一人(すずきかずと)
東京大学公共政策大学院教授。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。修士(国際関係学)。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所・現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。Ph.D(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学国際総合学類准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授、プリンストン大学国際地域研究所客員研究員、国連安保理イラン制裁専門家パネル委員などを経て現職。主著に『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、サントリー学芸賞受賞)など、共著に『米中の経済安全保障戦略』(芙蓉書房出版)など多数。

【鈴木】そもそも「中国を締め上げる」という認識自体が間違っていますよね。「安全保障」という言葉が入っていることで、ある種のナショナリズムを喚起しますし、人材流出、技術流出の問題もあるので「経済安全保障で中国人スパイを一網打尽だ」という方向にも行きがちなのですが、現実を反映した見方ではない。何せ中国は日本にとって最大の貿易相手国ですよ。

もちろん中国が経済的に力をつけたことで、日本に何らかの強制力を持つことを避けなければならないというのはわかります。ただし「何をどこまでやるのか」「どれだけのコストをかけるべきか」は精査されなければなりません。

――日本から中国への影響という点ではどうなのでしょうか。例えばウイグル政策を理由に「新疆綿(ウイグル綿)」の使用を日本企業に禁ずることで、中国の人権政策を変えさせようという意志が日本にあるのでしょうか。

【鈴木】アメリカには若干、そういう意図はあると思います。ただ、世界に向けたアピールとしての意味合いが強い。日本にかかわってくるのは、アピールがアピールだけで終わらずに実行力を伴う措置をとる場合です。アメリカ市場で「新疆綿を使った製品は販売しません」と言い出すと、日本も対応しないわけにはいかない。単にそれだけの話です。

世界的な潮流として、「人権デューデリジェンス」、つまり生産過程で人権弾圧や強制労働がある場合はそれを回避しなければならない。そのため、アメリカは「新疆綿を使うか、アメリカ市場を取るか」と日本やヨーロッパに迫る。圧力をかけるにしても、アメリカにとっては同盟国、有志国と足並みがそろっていることに意味がありますから。そうなると、人権なんて特に考慮していない日本企業も、アメリカ市場から追い出されるのは困るので、対応せざるを得なくなる。これもアメリカなりの、一つのエコノミック・ステイトクラフトと言えます。

しかし中国は、その程度のことでウイグル政策を変える気はさらさらありません。中国に経済的な圧力をかけて行動を変えさせようという試みは、ほぼ無駄な努力に終わるでしょう。

経済的圧力で相手国を従わせるのは困難

――経済的な力を使ったからと言って「実際に相手の態度を変えさせる」のは難しいんですね。

【鈴木】はい。アメリカが中国に対してエコノミック・ステイトクラフトを使ったことで、中国側もいろいろ学んでいます。2010年のレアアース対日禁輸もそうですが、2017年に韓国にTHAADミサイルが配備された際には、中国は中国人観光客を韓国に行かせないことで韓国経済に打撃を与えようとしました。2020年には、対中姿勢を強める台湾に対して台湾産のパイナップルを禁輸したり、コロナ発生源について中国・武漢の調査をすべきだと主張したオーストラリアに対して、農産物や鉄鉱石、石炭を買わないことで牽制しようとしました。

これらはいずれも中国が持っているパーチェシングパワー(購買力)を武器にした圧力です。台湾、韓国、オーストラリアが中国市場に依存している部分を武器にしたエコノミック・ステイトクラフトです。

narvikk /iStock

こうした手法は中国のような権威主義国家だからできることで、例えば日本で「韓国に旅行に行くな」とか「オーストラリアから石炭を買わなかったので燃料不足になり、暖房が使えないが、我慢しろ」と強要することはできません。日本のような民主主義国家がその手を使うには、返り血を浴びる覚悟が必要になる。

ただどうなんでしょうか。それらが本当に効果的なのかと言われると、難しい面があります。確かにオーストラリアは農産物その他を輸出できなくなって困りはしましたが、では中国の言うことを聞くようになったかというとそうではありません。

――オーストラリアはむしろ、親中国家からUターンして、対中強硬路線に転換した感があります。

【鈴木】「中国の圧力になんか負けるものか!」と言わんばかりに、QuadやAUKUSなどに積極的に参加していますよね。

これは国連の経済制裁なども同様で、北朝鮮は制裁をかけられても、核兵器保有を諦めませんでした。イランも2018年にトランプが核合意から抜けて経済的には困っていますが、困ったからと言って「私が悪かった、あなたの言うことに従いますから許してください」なんてことは言わない。普通の国家であれば、経済的圧力をかけられたからと言って国家の方針を大きく転換したりはしないのです。

そもそもエコノミック・ステイトクラフトは、理不尽なものです。政治目的のために、まったく無関係の分野に頓珍漢な関税をかけられるなど、かなり理不尽な扱いを受けることになるので、そう簡単には目的は達成されないんですよね。

Quadで初の4か国首脳会談(官邸サイト)

社会科学的根拠のある話をしよう

――確かに、2010年のレアアース禁輸についても、日本は中国から「漁船衝突事件の船長を解放しなければ、レアアースを禁輸する」と迫られましたが、「では解放します」ということにはなりませんでした。むしろ企業はレアアースに代わる新技術を生み出し、中国産レアアースの需要が落ち込みました。

【鈴木】中国がいくらエコノミック・ステイトクラフトを仕掛けても、相手から「別に構いません」「代わりの方法を考えます」と言われたら、その時点で中国の目標は達成されません。

――なるほど、そういう理不尽な攻撃を受けたときに、自国の産業や主張を「守る」ために中国を外したサプライチェーンを再構成する、できる状況を作り出すのが「経済安全保障」ということですね。「経済安全保障」にしても「エコノミック・ステイトクラフト」にしても、目的、手法、効果、そのためにかかるコストなどをその都度、きっちり精査する必要がありそうです。

【鈴木】サプライチェーンの強靭化、輸出管理による機微技術流出の防止など、一つ一つのやるべきことは明確であり、必要な措置です。大事なのは、それを積み上げていった先に、どういう絵を描いているか。イメージベースではなく、社会科学的に説明できるやり方で、これからの展望を説明していく必要があると思います。

(おわり)

※クリックするとAmazonへ

関連記事

編集部おすすめ

ランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事