慰安婦判決が180度転換 〜 文在寅の「バイデン・ショック」
重村智計「朝鮮半島コンフィデンシャル」#1- 朝鮮半島研究の第一人者、重村智計氏が韓国・文在寅政権の動向を解説(連載)。
- 元慰安婦による日本政府の訴訟は請求棄却。1月は日本側敗訴と異なる判断の背景
- 文政権の外交政策に変化を促した「バイデン・ショック」の中身は?
韓国大統領選まで1年を切った。現職の文在寅氏は憲法の規定により、5年の任期を終える時点で退任が既定路線。国内ではソウル・釜山両市長選で野党候補が勝利。国外を見れば、アメリカの政権交代があり、米中冷戦は激化。日韓関係は好転の兆しがない「内憂外患」だ。
この間の韓国政府、あるいは南北関係、日本と半島の関係を先読みする上で最近の動きをどう読むべきか。6月に最新刊『絶望の文在寅、孤独の金正恩 – 「バイデン・ショック」で自壊する朝鮮半島』(ワニブックスPLUS新書)を上梓する重村智計・早稲田大学名誉教授に話を聞いた。(3回シリーズ)
ソウル地裁・慰安婦判決が180度転換
――4月21日、韓国・ソウル地裁で元慰安婦が日本政府に対して賠償を求める裁判の判決が下され、元慰安婦の請求が棄却されました。ソウル地裁は1月8日に別の慰安婦・遺族に対しては日本政府に賠償を求める判決を下しています。短期間のうちに、全く逆の判決になってしまいました。
【重村】この2つの相反する判決は、韓国に「司法の独立」が存在しないことを証明しました。テレビや新聞では様々な解説が成されています。中には「4月の判決は、日韓慰安婦合意を否定してきた文在寅の意に反する判決を出せたのだから、ある意味で韓国司法の独立を見て取ることができる」といった専門家のトンチンカンなコメントもありました。韓国の政治や法の文化を全くわかっていないというしかありません。

文在寅は1月の判決直後に「困惑している」と反対の意向を表明しました。これは明らかに「司法介入」であり、三権分立違反です。
文在寅大統領自身が、判決に対する態度を180度変えていたために相反する判決が出たのであり、「大統領の意向」が表明され、その意向に従った司法側が判決を180度変えた、と見るべきです。
バイデン米大統領の「日韓関係改善圧力」が影響か
――司法よりも前に文在寅大統領が慰安婦問題に対する姿勢を変えたのは、いったいなぜでしょうか。
【重村】私はこれを、米国のバイデン大統領の誕生と、日韓関係改善を求めるその外交政策が影響したと見ています。どういうことか、順を追って説明しましょう。
1月8日の判決が出た際、文在寅大統領はこの判決に対して、以前とは違い強く反発する態度を取っていました。
「日韓間の問題を外交的に解決するために、様々なチャンネルで対話している。その最中に慰安婦判決が加わり、正直、少し困惑している」
自由民主主義国の指導者は、こんな発言はできません。要するにこの発言は「大統領府の意向に反した判決だ」と不満をあらわにしたもので、「俺のいうことをどうして聞かないのだ」との感情が読み取れます。
この判決が出る前の2018年10月に、いわゆる徴用工裁判の判決が出ており、韓国大法院は現日本製鉄に対し、賠償を認める判決を下していました。2020年には資産を現金化するための書類が通達されるなど、日韓間の懸案になっていました。しかしこの時点での文在寅はあくまでも「司法を尊重する」と述べて判決を事実上、肯定していたのです。
大統領の発言は、大法院判決は大統領の意向に沿ったものだった、と言っているのに等しいのです。なんと正直でわかりやすいのか。
ところがこの慰安婦裁判に対しては、「困惑」と明らかに態度を変えました。さらにはその後、徴用工裁判に関しても「強制執行の形で現金化されることは、日韓両政府の関係にとって望ましくない」とまでコメントするようになりました。明らかな司法介入ですが、これが、韓国司法の伝統なのです。
この文在寅発言を受けて、4月のソウル地裁判決が出たものと見ていいでしょう。それは言葉を変えれば、日本政府や日本企業への賠償を認める判決は、文在寅大統領の対日姿勢を受けたものであり、大統領の対日姿勢が変われば判決も変わる、ということ。少なくともこうした流れを知った日本人なら、誰もがそう思うでしょう。
ではなぜ、文在寅の態度が一変したのか。それは最初に述べたように「バイデン・ショック」によるものです。

2021年1月20日に大統領に就任したバイデン米大統領は、前任のトランプ前大統領とは違い、同盟国との関係を重視しています。北朝鮮だけではなく、インド太平洋地域における中国牽制のためにも、日米韓の同盟関係が強固でなければならない。そう考えるバイデンは、韓国に対しても「日本との関係を改善しろ」と圧力をかける。
徴用工裁判や慰安婦裁判で、韓国の裁判所が日本政府に対して被害者へ賠償するよう命じる判決など出れば、日韓間の外交関係が冷え込むのは当然のこと。関係改善を求めるバイデンの意に反することになるのは必至です。
そこで文在寅が1月の判決に対して「困惑」というメッセージを司法に向けて発し、司法の方もそれを受けて今回の慰安婦裁判の判決を出した――と見ると、突然の急旋回もなるほどそういうわけか、となるのではないでしょうか。
もちろん、韓国内では1月の判決の裁判官は左派系で、四月の判決は保守系の判事だったと報じられた。さらに、大統領が「困惑」した1月の判決の裁判部の判事たちは、直後に昇進ではない形で人事異動されたと報じられている。なんともわかりやすい「司法介入」です。
文在寅が知らなかった「日韓合意」の立役者とは
――支持率も落ち、ソウルと釜山の市長選で与党候補が負けるなど、文在寅も苦境に立たされています。こういう時期に、ある意味で日本側の立場を慮るようなこの発言は、国内で死活問題になりそうですが。
【重村】1月の判決を評価していた人々にとっては裏切られたような気持ちでしょう。「正義の判決が出た」と盛り上がっていましたから。
もとより、日本政府に対して韓国の地裁が賠償を行うよう命じた1月の慰安婦判決は、国際法や国際ルールにおける「主権免除」、つまり〈国際民事訴訟において、被告が国または下部の行政組織の場合、外国の裁判権から免除される〉という規範に反していたことは事実です。そのため、保守系の「朝鮮日報」などはこの「主権免除」を理由に4月の判決を支持しています。
一方、これまで文在寅大統領は2015年に当時の安倍晋三首相と朴槿恵大統領が交わした「慰安婦日韓合意」を否定し続けてきました。「韓国民の同意を得られない」「内容でも手続きでも欠陥がある」などとし、合意に基づいて設置された「和解・癒やし財団」の解散も決めてしまった。合意破棄にこそ至らないものの、事実上の骨抜きを行ってきたのです。
その文在寅大統領がここまで態度を変える以上、相応の理由がある。それが「バイデン・ショック」だというわけです。何よりも、バイデンは「慰安婦日韓合意」の立役者だったことが大きく影響を及ぼしているのですが、どうやら文在寅はそのことを最近まで知らなかったようなのです。
(#2へ続く)
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