横浜市・山中竹春市長の市立大学への不当圧力疑惑、追及されて飛び出た謎発言

【市議会の追及詳報:前編】
ライター
  • 横浜市・山中竹春市長の不当圧力問題で、山中市長が常任委員会に出席
  • 「すべての電話に反応する余裕がなかったのは事実」と説明
  • 3日間電話に出ない状態は、連絡が取れる状態と言えるのか?

横浜市・山中竹春市長は15日、横浜市議会の政策・総務・財政委員会に出席した。山中氏は市長選立候補中、横浜市立大学に対して市議とともに圧力を加え、自身を礼賛する文書を出させた疑いが持たれている。委員会では圧力の有無や、市立大学が発出した文書の妥当性について議論された。

山中竹春・横浜市長(筆者撮影)

6月16日、山中氏の出馬が新聞で報道されると、横浜市立大学は同日、約3000人の教職員らに向けて「本人と連絡がつかない状況が続いている」との文書をメールで送信。これに対し、山中氏は「事実無根」「名誉を毀損する内容」などと訴え、立憲民主党の横浜市議2名とともに、市立大に抗議。7月26日には、大学は「山中先生には大事な時期に大変ご迷惑をおかけしてしまいました」、「素晴らしい研究成果や学内のご実績」などと山中氏に対して謝罪&礼賛する異例の文書を教職員らに送信した。

山中氏は「連絡がつかない」と書かれている点が「事実無根」と主張していた。委員会でも、連絡が取れていたのかどうかが争点の一つとなった。これまで、大学側は「副学長が6月14日以降、複数回に渡って携帯電話に電話をかけていた」と説明していた。

これに対し、山中氏は

着信があった認識はありませんでした

と回答。ただし、大学側が連絡を試みていたとされる6月14日〜16日について、次のように語った。

「14、15日は電話自体に応対できる余裕がないほどの人生の岐路に立たされていた」

「1日に多くの電話がかかってまいりましたし。当時、人生の岐路に立たされていて、なかなかすべての電話に反応する余裕がなかったのは事実です」

また、6月8日〜17日にかけては、

「出馬についてさまざまな葛藤をしていた時期で、結果的に電話を受けたりメールを見たりする余裕もほとんどありませんでした

と説明。連絡に応じられないこともあったと説明した。だが、不思議なことに、それでも山中市長は

「私は連絡がつかないことはないと認識していました」

との主張を続けている。

たとえば、大学側が16日に初めて連絡を取ろうとしていたのであれば、たった半日で「連絡がつかない状態」と説明するのは拙速だという主張も、ある程度は理解できる。

だが、大学側の説明によると、14日以降繰り返し山中市長の携帯電話を鳴らし、それでも山中市長は反応しなかった。3日間も音信不通の状態で、これのどこが「連絡のつく状態」なのだろうか。

山中市長らの取った行動は適切だったのか。疑惑追及の発端となった請願書は、16日の委員会で可否が採決される予定だ。

そして、この日の市議会の終盤、本サイトも追及してきた経歴詐称問題で思わぬ展開が待ち受けていた。

(追及詳報  後編に続く

 
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