石原慎太郎の生き様に衰退ニッポンは何を学ぶ:猪瀬直樹『太陽の男 石原慎太郎伝』
【書評】個人的に氷塊した2つの疑問- 石原慎太郎氏の死去から1年。副知事だった猪瀬直樹氏が評伝刊行
- 三島由紀夫に端を発するキーワード「価値紊乱(びんらん)」とは?
- 三島との対比で立体化する石原氏の人物像。意外なエピソードとは
早いもので石原慎太郎が亡くなってあすで1年。かつて東京都の副知事として石原都政後期を支えた著者が『太陽の男 石原慎太郎伝』(中央公論新社)を刊行。ノンフィクション作家としての円熟した技量を存分に発揮し、故人の素顔に迫った。
旧年中、著者から石原の評伝を書くと聞かされた私は当初、西新宿にそびえる巨塔を舞台にした政治回顧録を書くのかと思い込んだが、年末にいち早くゲラをもらった時、自らの浅はかさをすぐに思い知る。時代のメカニズムを冷静に解き明かすことで定評のある著者が、時代の寵児だった故人の生き様を振り返るにあたって、そんな凡庸な切り取りで終わるわけがない。
かつて三島由紀夫の評伝を書いたこともある著者は、三島と石原、高度成長期の躍動と共に日本社会を揺さぶった2人の天才クリエイターの生き様を対比させながら、石原の生き様を再考察した。そして掲げたキーワードが「価値紊乱(びんらん)」。辞書によれば紊乱とは「秩序・風紀などが乱れること。また、乱すこと」(デジタル大辞泉)だ。
1956年(昭和31年)、奔放な性描写も含めて社会に新たな人間像を提示し、芥川賞受賞で脚光を浴びた石原について、気鋭の作家として先に世に出た三島が「道徳紊乱者」と評したことを引き合いに出した。文学の地平を切り拓き、自らを連隊旗手に例える三島が「連隊旗を渡すのに適当な人が見つかった」と一目置いた石原も「価値紊乱者の光栄」と応じて意気投合するが、2人の蜜月は長くなかった。
浮き彫りになる価値観の相違。例えば天皇について、三島は欧米的なシステムとしての立憲君主的な見方を否定し、あらゆる日本文化を包摂する存在と感傷的に語るが、石原は否定的だ。それどころか生前には著者に「俺、天皇キライ」とまで語っていた。
なぜ嫌悪までするのか、身内に起きた根源となる過去のことは本書をお読みいただきたいが、昭和天皇の戦争責任を問い、君が代の出だしを「わがひのもとは〜」と歌っていたことなど、意外なエピソードも紹介される。
本書を読んで、個人的に著者に以前から漠然と訪ねたかった2つの疑問が氷塊した。1つはSAKISIRU創刊時、私は著者と対談し、衰退する現代日本に何が足りないのかを尋ねたが、当時もう少し深掘りしたかった。
そして、もう1つは、若い頃は全共闘運動に身を投じた著者が、一貫して保守の論客だった故人となぜウマが合ったのか--。
本書のエピローグで著者が故人を「価値紊乱の人だった」と述べているが、前者への回答は今の日本が失った気風がまさにそれであり、後者の疑問については著者もまた「価値紊乱の人だから共鳴した」からでは、と感じている。
それにしても、都庁のだだっ広い空き会議室で、知事と副知事が悪戯っぽくテニスをやってしまうシーンは痛快だ。2人の“紊乱ぶり”をシンボリックに描いている。(敬称略)
■
【おしらせ】SAKISIRU会員限定のウェビナー第5回は、2月6日(月)21時〜。ゲストは猪瀬直樹さんです。新刊をサイン入りで5名の方に抽選で後日プレゼントします。会員でない方もこれを機に入会をぜひご検討ください(ご案内はバナーをクリック)。
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