部活廃止論、ホントの話は「格差論」
【前編】部活全廃で学力格差を打倒せよ- 村山氏の部活廃止論、学力格差を理由に挙げた真意を解説
- 「学力」「格差」とは何か?是正できるもの、できないもの
- 「学力は格差界のラスボス」という村山氏。その実情とは
大きな反響をいただきました部活廃止論で、なぜ今「部活などやっている場合ではない」のかの理由に学力格差の拡大をあげました。
けれどもこの議論は、「そもそも学力とは何か」とか、「学力格差とは何か」とか、「格差が開いて何が悪い」とかツッコミどころが多く、なんで部活の廃止まで求めるのか分かりにくかったようです。今回は、ここに切り込みましょう。
「学力」と「格差」って?
そもそも学力とは何か……あまり深く考え込むと、「教育とは何だ」みたいな金八ワールドに突入してしまいます。ここではとりあえず、「国公立大学入試で使われる共通テストの得点力」ぐらいに考えておきましょう。授業などで積み上げられてきた5教科の学力は、将来の職業選択の幅を表すバロメーターとしては最適なものでしょう。
この部分の学力が一定のレベルに達していないと、いくら部活でよい経験をしても、一部の幸運な例外を除いて……はっきり言いましょう。中高卒で学業を終わるか、進学してもFラン大学になりかねません。
断っておきますが、大学になど進学しなくても教育を受けることはできます。学問と関係ない世界もあります。大谷翔平も藤井聡太も大学進学など見向きもしないでキャリアを築きました。でも、普通の公立学校が、彼らのような希有の才能と超人的な努力の人を前提に運営されてよいのでしょうか。
よく言われるように、特別な才能や人生をかけてやりたいことのある若者以外は、とりあえず普通にコツコツ勉強しておくのが、最も可能性の幅が広がる生き方です。バブル以降、一貫して厳しくなっている就職事情を考えれば、学力格差の拡大、特に高校入学以前の学力格差は、多くの児童生徒の人生に巨大な負債を残すことになります。
恋愛格差を是正する見合い文化
けれども、個人の能力の格差は是正しにくいものなのです。財産などの持っているものの格差は、持つ者から取り上げ持たざる者に配れば是正できます。配るのが面倒くさかったら、取り上げるだけでも十分。そういう国、ご存じですよね。普通の国でも、税というものには常にそういう「ぼったくり」の危険があります。
少子化がらみで問題になっている恋愛格差にしろ、社会の合意があれば物理的な是正はかなり可能です。旧T教会の合同結婚式を思い出してください。我が国の「見合い」というシステムにも、この要素が多分にありました。会社の上司や地域の名士が、微妙な圧力をかけながら持ってくる見合い話に「いまいちピンと来ないが、この人で手を打つか」というパターンが結構ありました。もちろん、少なくとも現代では違和感満載のシステムです。
友人で、10年越しの大恋愛に破れた女性(「先輩女子」のモデルのひとり)が、「Hすることが前提の名刺交換なんて、パパ活じゃあるまいし気持ち悪くてたまらない」などと言っていました。けれでも、見合い文化を恋愛の感覚でネガティブに批評することが一般的になったせいで、われわれは「恋愛格差是正装置」と「少子化防止装置」を失ったとも言えるでしょう。
どうしようもない容姿や健康の格差
だいぶ話がそれました。学力など本人の能力や状態の格差是正は所得格差や恋愛格差の是正よりさらに難しいのです。ちなみに学力より露骨な例は容姿と健康です。もう半世紀近く前、後に世界的映画監督になった若手漫才師T氏が、ブスにも幸せになる権利はあるがブスであること自体が幸せでは無いというようなことを(ギャグとして)書いた本がベストセラーになりました。本格的ルッキズムと創造性豊かなミソジニーの二刀流、今なら一発退場でしょうが、これが彼の物書きとしての実質的デビュー作となりベストセラーにまでなりました。
話はさらにそれますが、東京五輪の開会式ディレクターK氏が、20年以上前の芸人時代のギャグが問題になりクビになったとき、私はヨーロッパで文化人として通用しているこのT氏のことを思い出しました。「人は何年たっても過去の些細な発言にも無限の責任がある」というのなら、当時とあまり変わらない人間観をお持ちと思われるT氏の映画が喜んで受け入れられるのですから、ポリコレやらSDGsなどかなり身勝手なものだと思いました。容姿を理由に差別されている人に、誰もMeTooとは言わないのですね。
「ブスにも幸せになる権利はあるがブスであること自体が幸せでは無い」……批判は簡単ですが論破は困難、本当のことだからです。この「権利は平等、実態は格差」というのはよくある話で、健康格差も本質はこれです。我が国では、「健康で文化的な生活」は基本的人権のひとつですが、病人や不健康人はそこら中にいます。この格差を是正しようという試みが医療なのでしょうが、どう見ても成功しているとは思えません。いや、成功するはずがないでしょう。寿命の格差は医療では縮小しないからです。
容姿や健康などの格差拡大に賛成する人は少ないと思いますし、それなりの努力は行われていますが、完全な是正は本質的に不可能です。こういう(広い意味での)能力の格差を、本人の努力やら環境の整備で解決するには限界があります。
学力は格差界のラスボス
学力格差も同様の能力に関する格差ですが、さらに困難な問題があります。
科学技術の研究は常に行われ人類の科学知識はどんどん増えている訳ですから、はじめて教科書というものを手にした小学生から学問の最先端までの距離はどんどん遠くなっています。このことだけ考えても学力格差が拡大するのは仕方の無いことです。
実際、まともに大学教育を受けるために必要な基礎のレベルは、少なくとも理数系では少しずつ上がっています。なにしろ、最先端科学が見えるところで仕事をしている大学教員たちが、高校までの指導要領や大学入試問題を作っているのですから、大学進学希望者に求められる知識や学力のレベルは着実に上がります。
けれども、公立学校が授業時間数を大幅に増やしているわけではないので、どうしても授業は詰め込みになり、塾など学校外での教育を受けられる生徒とそうでない生徒との差が開きます。さらに、環境、人権、交通安全、コロナ対策……なんでもかんでも学校に持ち込まれます。
音楽・美術・家庭科などの副教科や、文化祭・体育祭・修学旅行などの行事類も、肥大化することはあっても、積極的に簡素化されることはあまりありません。そこへ小学校から情報に英語。教員が全員パンクしないのが不思議です。けれども生徒に学力をつけるという機能については、実はパンクしている学校が多数あるようにも思います。
結果の不平等は容認するしかない
次に、格差がもたらす結果を考えてみましょう。たとえば、医師など人の命を預かる仕事には公正な選考と適切な訓練が必須です(関連拙稿)。建築士や弁護士、航空関係そして教員も同様。学校でとった資格で食っていく職業人が、教育結果で評価されるのは当然です。
問題は、学校での教育内容とはまるで違う分野で就職するにもかかわらず学歴が評価されることです。たとえば、東大の文学部でインド哲学を学んだやつが、Fラン大の商学部在学中に簿記やFPの資格をとったやつより、金融機関の就職で優遇されるのです。オイオイと思うのですが、相手は民間企業。誰を採用しようが自由です。株主などから批判されたという話も聞いたことがありませんから、恐らくそれなりにうまく行っているのでしょう。進学競争に勝ち抜いてきた知的な身体能力のようなものが評価されるのだと思います。
大学によって就職希望者の扱いに差をつけることを最近は「学歴フィルター」と言うらしいのですが、募集人員の何百倍もの入社希望者が来るとなると、最初に出身大で機械的に選別するのが一番公平で効率的だということになります。OAやら推薦やらの丁寧な選考が行われる大学入試と比べて、えらく冷たいように思われるでしょうが、「お金を出してくれる人」と「お金を払うことになる人」とでは選び方が違って当然です。
特に、大企業では不適切者の侵入を防ぐのが大事で、大量に採用するのですから、優秀な幹部候補生や使い物になる人材は、放っておいても毎年何人かは出てきます。クズの中からダイヤモンドを拾う必要はないのです。学力格差が就職格差・経済格差に転嫁していくのは、企業に採用の自由がある限りどうしようもありません。
最後に、学力格差がいつどこで発生するかを見てみましょう。
(後編はこちら)
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